第82話 上杉綱憲に転生しました・中編

 かくして、俺は世の横暴を正すべく元禄時代に転生した。


 吉良氏は、元々は足利家の傍系の家だ。

 で、上杉家も足利家の名門だ。


 徳川家は、実体はともかく足利家の傍系だった世良田家が発端であると主張している。だから、吉良と上杉も遠い親戚だ。

 最初の主人だった今川家も含めて「高家」としてワンランク上の扱いを受けている。


 ということで、吉良氏に生まれた俺こと綱憲は上杉家に養子に出されて、そのまま当主になった。

 この時代の大名は参勤交代制務めだから、江戸と米沢を行き来する日々だ。

 忙しい。


 とはいえ、忙しさにかまけてはいられない。

 何とかして、吉良義央と浅野長矩の対決を食い止めなければならないのだ。


 世論に仇なせれば一番いいのだが、最良の策は襲撃事件そのものをなくしてしまうことである。そうすれば、どこにも遺恨は生じない。

 まずは接点をなくすことである。

 二人は勅使饗応役として同僚関係にあった。そこから何らかの遺恨が生じたものと思われる。だから、父の吉良義央をこの役につけないようにできないかと考えてみた。

 だが、これは中々難しいようだ。

 時の将軍・綱吉はかなり頑固である。

 上杉は名門だが、三十万石程度の力しかない。

 将軍や老中を説得するには至らなかった。


 俺は江戸で父に会い、言葉をかける。

「父上は人に誤解されやすいところがありますからね。一門の吉影のように植物のような平穏な人生を送ってくださいよ」

「ハハハ、この父に説教か。まあ、わしも荒事は苦手じゃ。何事も平穏に行きたいと思う」

 この調子なら問題なさそうだ。


 米沢にいると、父からの手紙が来た。


『浅野内匠頭は色々と残念で、教育が行き届いていないところが垣間見える。わしが指導してやらねばならない』


 ダメだこいつ……全然分かっていない。

 運命の日まではまだ時間がある。

 俺は次の参勤交代で江戸に向かうと、父のところに走った。

「父上、余計なことはやめましょう。ダメな奴はどうあってもダメなんです」

「いや、盆栽の松と同じだ。余計なものは切り取らなければならない。わしは人生の先達として、浅野内匠頭に教育指導しなければならない」

「いやいや、そういうのは傲慢ですよ。父上も内匠頭もお互い一人の人間に過ぎないのですよ。余計なことはやめましょう」

「むむっ、おぬし、親族の吉良大和のようなことを言いおるな」


 結局、父の説得はうまくいかなかった。

 仕方ないので、俺は浅野内匠頭に慎重になるよう頼むことにした。


「上杉殿、はじめまして」

「どうもはじめまして。父がお世話になっております」

「……」

 浅野は所在無さげに視線を泳がせている。

「……父はちょっと余計なお節介を焼くところがありまして、何かと苛立つことがあるかもしれませんが、年寄りのやることだと思ってどうか赦してやってください」

「……」

 返事もないし、何やらそわそわしている。

 確かに、これは父でなくても一言いいたくなるかもしれない。

 俺だって、相手が浅野内匠頭でなければ「人前でそわそわして失礼ではないか」くらい言いたくなる。

 彼は小声で何か言っている。「あ~、こんなことしている場合じゃないのに。明日までの準備、早く始めないと」と言っているようだ。

 どうやら、俺がいると邪魔なようでストレスに感じていそうだ。

 かなりせっかちなのだろうか。


 結局、浅野内匠頭の説得もうまくいかなかった。

 彼の藩は財政難を抱えているとも聞く。饗応役は色々出費もあるし、付け届けなども多いらしいから大変な役だ。

 そうしたストレスが彼の精神を蝕んでいそうだ。

 しかも、あれだけせっかちな性格だと、周りとやり方が合わずに更にイライラを募らせる可能性もありそうだ。


 どうやら、江戸城内での斬りつけ事件を食い止めることは難しそうだ。

 その後のことを考えるしかない。

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