第78話 マクシミリアンに転生しました・中編

 ということでマクシミリアンに転生した。


 俺の立ち位置は皇帝の弟。といって、特別な役割があるわけでない、万一の時の控え。少年漫画なら、エースピッチャーに不測の事故が起こって出番が回ってくるが、幸か不幸か兄のフランツ・ヨーゼフは歴史の証人クラスに長生きする健康そのものな奴だ。

 だから、俺の出番はない。

 だが、これを嘆いてしまうのは負け組の発想だ。

 俺は控えとしてのんびりとできる。適当に勉強して、適当に遊んで……

 ベルギーから王女シャルロッテを迎えて、私生活もまあまあだ。


 公人としては、イタリアで独立機運が高まってきているので、ヴェネト地方を治めるため副王として赴任することになった。

 しかし、相手はヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の下にカミッロ・カヴールとジュゼッペ・ガリバルディという強力な布陣だ。本格的に独立戦争が始まったら太刀打ちができない。

 勝てないものは仕方がない。

 そもそも俺のせいで負けるわけではない。

 この時代のオーストリアは基本的に戦ったら負ける状態だ。この後はプロイセンにも負けるし、その後は皇太子が自殺したり、皇后が暗殺されたりと散々な時代を過ごす。

 で、最終的に第一次大戦でトドメを刺されるわけだ。


 だから、俺は何も悪くない。

 皇帝の弟として、与えられた権利を享受するだけだ。


 と、ニートらしくゴロゴロしていようとしたら。

「何を情けないことを言っているのですか! 至高の地位に昇るまで戦いなさい!」

 妻のシャルロッテが尻を叩いてくる。

「……」

「何ですの?」

「もしかして郁子だったりしないよな?」

「イクコとは何ですか?」

 シャルロッテのキャラが郁子に似ているような気がしたが、どうやら気のせいだったらしい。

 考えてみれば、前回の勝頼編でもサブキャラとして転生していた。

 仕事熱心とはかけ離れたところにいる存在だから、今頃天界で後宮ものサスペンスでも見ているのだろう。


 しかし、そうだった。

 完全にノーマークだったが、マクシミリアンの人生を全うするという観点からは、この妻が一番危険なのだった。

 何せ、一人娘ということで甘やかされて育ったから、自分が一番でないと気が済まない。

 一番というのは、当然、皇后だ。

 王妃でも嫌だと言い張るのだから普通ではない。


 そんなシャルロッテだから、フランスから「メキシコ皇帝にならない?」と勧められたら大盛り上がりだ。

「メヒコ! メヒコ!」

 とワールドカップに行くメキシコ国民かというくらいに騒ぎ立てている。

 その影響で近習が「どうやら大公はメキシコに行くらしい」と思うようになってしまった。

 これは完全に誤算だった。


 皇帝や皇后は当初は「やめておいた方がいいんじゃないか」と言ってきた。

 しかし、俺の屋敷から連日響いてくるメヒココールの前に「どうやら止めても無駄らしい」と生暖かい視線を送るようになってきた。


 ということで、1864年、俺とシャルロッテはメキシコ皇帝と皇后としてメキシコシティーに行くことになった。

 この時点でニートとして暮らすという第二のルートは完全に消えてしまった。


 全てはシャルロッテのせいだ。

 ニートは結婚するものではない、ということだな。



"女神の一言"

 そもそも結婚しているニートなんて、ニート界からしたら裏切り者でしょう。結婚したくせにニートとしてダラダラ過ごそうなんて大甘過ぎる見通しなのよ。

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