第75話 武田勝頼に転生しました・結末①

 長篠の勝利は、勝利そのものよりも「武田信玄が生きているのではないか」と思わせたことに意味があったわ。


「これは噂なのだけど、実は信玄は重病だったけれど、南蛮からの技術で作った勝沼わいんで回復したらしいわ。最近は地元の酒職人に作らせた七賢や笹一という酒を一日二合飲んでいるらしいわ」

「信玄公の従者の従兄の飼っている犬の親犬の飼い主から聞いたところによりますと、信玄公は小諸城にいて真田昌幸に色々命じているらしいですわ。当主は依然勝頼ですが、そのうち復帰するかもしれませんわね」


 おかしなもので、同じ高天神城や長篠城制圧にしても、勝頼がやったとなると「勝頼なんかに奪われるとは。取り返してやる!」となるのだけど、信玄がやったとなると「ひぃぃぃ! 信玄! それは取られて当たり前だ!」となってしまうのよね。

 ということで、三河では「家康ではもうどうにもならんわ」という雰囲気になり、家康は押し込められて信康が当主となったわ。その信康は母・瀬名の勧めもあって武田に臣属することを決めたのよ。


 また、信玄復活の噂で、本願寺や足利義昭も俄然やる気を取り戻したみたい。

 信玄は小諸城にいるという噂を真に受けて、真田昌幸の下に沢山書状を送り付けてきたみたいだわ。


 それを逐一回収して、私は左手で返書を書いて送ったわ。右手で書くとさすがにバレるでしょうからね。


 架空の信玄という存在は非常に有益だわ。

 というのも、本願寺も含めて、武田家は古くからの付き合いが多い。

 これは良し悪しがあって、確かに同盟相手として役立つのだけど、新しい日本をつくるうえでは本願寺に頼りまくるのは愚策だし、武田家のしがらみが邪魔になるのよね。

 つまり、どこかで彼らとの約束を反故にしなければいけないのだけど、そのためには「信玄と連絡をとっている」というのは都合がいいのよね。


 だって、信玄は私の左手にしか存在しないのだもの。

「右手が恋人だ」と言い張っても、そこに恋人がいないのと同様に、左手にしか存在しない信玄は、最終的には存在しないものなの。

 

「えげつないですわね。あと、例えが最低ですわ」

「仕方ないわ、信長みたいに全面戦争はしたくないもの」

「それにしても、信玄公と勝頼様とでは、相手の態度に雲泥の差がありますわね」


 そう。これは本当に愉快だわ。

 以下、お手紙タイムよ。

 今回はこれで終わりで、遂に5話構成となってしまったわ。


〜上杉謙信

信玄宛「強敵ともよ! おまえが生きていて拙僧は嬉しい! また、川中島で共に踊ろうではないか!」

返書「ありがとう。川中島で踊るのはごめんだけど、お互い長生きしましょうね」


勝頼宛「おまえは父に従って、立派な武将になるのだぞ」

返書「余計なお世話だわ」


まあ、良くも悪くも謙信らしいわね。



〜織田信長

信玄宛「長篠の件はこちらが悪かったんで、あの美濃で暴れ回っとる変な馬車を引き返してくれんかの」

返書「あれは勝頼がやっていることだから勝頼に言って頂戴」


勝頼宛「そうでなくても武田の臣下は信玄を信任しているのに、本人が復活ときたらもう二度とおまえの言うことは聞かないんではないかね」

勝頼「僕無能だからワカンナイ」


信玄復活に脅威を感じていて、勝頼に謀反させようとしているようね。誤解しているのはありがたいことだわ。



〜本願寺顕如

信玄宛「南無、南無、南無、南無、南無阿弥陀仏(信玄公が生きているのはとても素晴らしいことで、本願寺も上洛のための手伝いをするよ)」

返書「南無、南無南無南無、南無、南、南無阿弥陀仏(ありがとう。その時が来たら速やかに連絡するわ)」


勝頼宛「南無阿弥、南無阿弥、南無阿弥陀仏(父親が戻るまでよく頑張った。これからも本願寺のために頑張ってくれ)」

返書「手紙は日本語で書いてくれる?」


天下という点では、本願寺と仲が良すぎると面倒なことになりそうね。



〜足利義昭

信玄宛「信玄、余のために尽くしてくだされ。信長を倒して、余の将軍位を確固たるものとしてくだされ。副将軍でも関東管領でも好きな役職を用意していますよ」

返書「検討するわ」


勝頼宛「勝頼、余は征夷大将軍なのだから、死ぬ気で尽くせ。それが源氏傍系のおまえの使命なのだから」

返書「冗談じゃないわ」


こういう、相手によって露骨に態度を変えるやつはダメよね。

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