第74話 武田勝頼に転生しました・後編
「つまり、火縄銃を使いこなすうえでは、火縄銃の性能よりも、防御施設や陣地の方が重要というわけよ。そうした事実は1503年のチェリニョーラの戦い以降、イタリア方面での多数の戦いが証明しているわ」
「……で、結局、どうするのですか?」
「さすがにあの中に騎馬隊で突っ込むのは賢くないわ。陣地に対しては防御を固めた歩兵で攻め込むのが適当だけど、武田家にはそこまでやる技術がないわ。もし10年あれば出来たかもしれないけどね」
「1年前でいいと言ったのは貴女ですわよ」
「武田で歩兵を使うなんて邪道過ぎるでしょ。武田は馬あってこその武田よ。さて……」
私は東側に視線を向けたわ。
織田・徳川軍は陣地を敷いているけれど、陣地を敷いているということはそこから動くつもりがない、ということも意味するわ。
「この間に東の
長篠の戦いの前段階として、酒井忠次が長篠城の東側にある鳶ケ巣山砦を奇襲して陥落させている……
これがために、武田軍は退路がなくなったのではと思ってしまって、結果死傷者が増大したという説もあるわね。
いずれにしても、奇襲があると分かっていてわざわざ食らう阿呆はいないわ。
「鳥居強右衛門は元気かしら?」
「多分、普通にしていると思いますが」
「見張りを外して、逃がしてしまっていいわ」
「はぁ……」
史実では勝頼が怒って処刑したけれど、ネタが分かっている以上殺す必要もないわ。むしろ、より有用に生かす方が賢いわよね。
「それでは鳶ケ巣に行ってくるわ。跡部は影武者をしていなさい」
私は、叔父の
酒井忠次がやってきたようね。
奇襲に備えて兵は全員外に出しておいたわ。
もぬけの空となっている砦に狼狽しているわね。
合図のドラを打つと同時に、砦内部に潜んでいた兵が一斉に放火をしたわ。
「旗を!」
兵士達にこれみよがしに旗を掲げさせ、突入をかけるわ。「あれは信玄!?」、「信玄入道が生きていたのか?」と叫んでいるのが聞こえるわね。
手際良く攻撃すれば、勝頼ではなく信玄と思いこんでもらえるあたりに勝頼の情けなさがあるけれど、これはこれでオーケーよ。
奇襲部隊を壊滅させて、一部を逃亡させる。
せいぜい「信玄が生きていた」と驚かせてちょうだい。指揮官レベルでは「そんなはずはない」と思っても、兵卒はそうもいかないわ。
不安は伝播するもので、それを打ち消すのは大変な労力がいるものなのよ。
そのうえで、叔父信廉を呼び出したわ。
信廉は元々、兄に一番よく似ていたということで、影武者を務めていたという。
「父上のふりをして、川を下って、南側にこの部隊を連れていってちょうだい」
「この部隊は……?」
叔父は用意した部隊に面食らっているわ。
「信長がイタリア流なら、こちらはボヘミア流よ」
15世紀、フス戦争においてフス派側の名将ヤン・ジシュカは強固に固めた馬車ワゴンブルクを利用していたわ。日頃は馬車として移動して敵と遭遇すると陣を構えて簡易要塞を築いたというわけ。
武田は馬を使わなければいけないけど、これからの戦いは騎馬だけではどうにもならない。ただ、さすがに防御陣地を馬だけで築くのは難しい。
ということで、ワゴンブルクよ。
ワゴンブルクそのものを作るのは武田の持ち札では難しいけど、要は堅固な馬車を作ればいいのよ。竹束や盾をはりつけておけば、事足りるわ。
「これで東三河を荒してきなさい。ただし無理する必要はないわ」
「分かりました」
私は鳶ケ巣砦の兵士達を半分割いて、信廉に任せたわ。
東が解決したので、今度は設楽原の方に急行。
幽霊じゃなくて飛べないから、本当に不便ね。
陣地に戻ると、跡部はBLの本を読んでいたわ。
天界からそんなものを持ってきていたのね。
「さあ、そろそろ動くわよ」
「突っ込むのですわね?」
「……最初にあの中を飛び込むのは賢くないって言ったでしょ」
本当に度し難いわね、跡部は。
それから半日ほど待ってみる。
鳶ケ巣から逃げ延びた兵士達がたどりつくのがおそらくそのくらいだからね。
そろそろ、向こうの本隊では「信玄が生きていた」、「信玄にやられた」という話が飛び交っていることでしょう。
山県昌景と馬場信春に一斉に風林火山の旗を掲げさせ、射程外のあたりを横切るように走らせる。
相手に緊張が走ったところで……
「目指すは長篠城!」
一斉にUターンし、後ろにある長篠城へ向かっていったわ。
相手は呆気に取られて見ている。
織田軍は明らかにやる気を失ったのが見て取れるわ。
元々、後詰のつもりで来ていたのだし、信玄生存という妙な情報まで流れたとあっては、リスクを避けたくなるのは当然ね。
撤退して、後日改めれば良い。
戦略家の信長はそう考えるのが自然でしょう。
だけど、家康は、そうは行かないのよ。
武田に連戦連敗で、しかも信玄が生きていたかもしれないという不安がある。
今回、ようやく信長に出てきてもらったのに、結果を出せずに長篠城を落とされたら、彼は群臣からノーを突き付けられることになるわ。
自らの政治生命のために、彼はこの場で何としても戦うしかないのよ。
連合軍とはいえ、同床異夢。
その違いが露呈した時、脆くなるものよ。
チャーチルが立案したガリポリの戦いでも、初めて大戦に臨むオーストラリアやニュージーランドが必死になり過ぎて被害を大きくしたという話もあるし、ね。
徳川方が耐えきれず出て来たわ。
それを見て信長は完全に撤退を決意することになる。徳川がやられて、そちら側から武田軍が押し寄せてきたら、防御陣地が無効になるからね。
防御陣地の欠点は、そこで戦わなければいけなくなることなのよ。相手をその場に縛り付ける理由をつけなければならないわ。
でも、この戦いにおけるそれは、それほど強いものではなかったわ。武田の戦術目標は戦場の後ろ、城攻めなのだからね。
おそらく、本来の武田勝頼の性格を研究して、それでも出て来ると踏んだのでしょう。勝頼も家中に不穏なものを抱えていて、できれば大きな戦果をあげたいと思っていたでしょうからね。
ひょっとしたら、厳島の毛利元就と桂忠澄のように何かしらの弱点があるみたいなことを事前に教えていたのかもしれないわ。
それらは歴史の闇の中だけれども……
慌てて出て来た徳川軍を軽く片付けて、長篠城も占拠したわ。
こうして当面の戦略目標は果たせたけど、話が長くなりすぎてしまったわ。
作者の戦略遂行能力の低さが伺えるわね。
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