第73話 武田勝頼に転生しました・中編

 降り立ったわ、ここが1574年の甲斐国かいのくにね。

 ふむ、この地面に引っ張られる感覚、動かしづらい体。

 やはり人間はダメね。幽霊の方が便利だわ。


 状況を整理すると、武田家は前年に高天神城たかてんじんじょうを陥落させて、遠江は大体支配している……

 勝頼的には一番ブイブイ言わせている時期のようね。

 おかげで勝頼本来の脳は、「信長は出て来ても撤退する。武田と本気で構えるつもりはないようだ」と考えているようね。

 愚かなことだわ。


 うん? 誰か近づいてきたわ。


「御屋形様」

「貴方は……側近の跡部勝資あとべ かつすけね。ただ、死霊のような気配も感じるわ。天界からのスパイかしら?」

「……こ、この奥洲郁子の隠密を見抜くとはやりますわね」

「……」

「無茶苦茶見下す目をするのはやめていただけませんこと? ワタクシ傷つきますわよ!」

「……年が明けたら長篠城ながしのじょうに出撃するわ。ついてきなさい」

「えっ? そのまま長篠を攻めるんですの?」

「……当然よ。長篠城を奪取すれば、豊川の水利を使って東三河全域に恐怖心を与えることができるわ。他に攻める場所があるはずないでしょ」

「でも、このままですと史実そのままの流れで長篠の戦いに向かうことになりますわよ? よろしいのですか?」

「……そうね。長篠城を攻め落とすから、竹束を沢山用意しておきなさい」

「いや、ですから、長篠の戦い用のものは?」

「竹束を沢山用意しておきなさい」

 何度も言わせないでくれるかしら?


 年が明け、長篠城に向けて出撃したわ。

 程なく、織田信長も出陣してきたという情報も届いてくる。

 何も変えてないのだから当たり前よね。

「武田家も勢力拡張はしているけれど、織田家は畿内と濃尾を支配して強力な支配体制を築いているわ。これを打破するのは、一見して大変ね」

「やはりもっと時間を戻った方が良かったのでは?」

「あなた、ウィンストン・チャーチルって知っている?」

「馬鹿にするのはおやめくださいまし。第二次世界大戦時のイギリス首相で、現代でももっとも尊敬されている政治家のことですわよね」

「そうよ。でも、チャーチルは第一次世界大戦ではガリポリ上陸作戦を立案したけど大敗してその時は失脚する羽目になったわ。トルコは50年くらい軍備が遅れていたというのにね」

「はぁ……」

「つまり、一流の戦略家が戦術家としても優れているとは限らないのよ」

「そういうものなのですわね」

「信長は酒も飲めない下戸げこだと言うわ。下戸に支配されるなど、日本の不覚。何とか解放してあげないといけないわね」

「そ、そういうものなのですの……? というか、貴女、中学の時に死んで幽霊になったと伺っていたのですが、酒のことを語るのはおかしくありません……?」

 跡部は混乱しているようだけど、説明が面倒だから、そのまま進むことにしたわ。



 武田の先遣隊は、長篠城を包囲していたけれど、これを落とすことはできないみたいね。

 そうこうしているうちに、徳川方の使者である鳥居とりい強右衛門すねえもんが死を覚悟して織田・徳川連合軍が援軍として来ていることを告げに来たわ。彼は私達に捕まるけれど、死を恐れず援軍到来を告げるのが史実の展開ね。

「これも、そのままでよろしいのですか?」

「構わないわ。好きなだけ言わせなさい」

 自分が命懸けで伝えたことが全く意味をなさなかったと知った時の絶望とはどんなものなのか、興味があるわね。

「……何だか不穏なことを言っておりませんこと?」

「気のせいよ」


 二〇日後、いよいよ現れた織田軍が設楽原方面に布陣を始めたわ。

 私は、その布陣状況を跡部と偵察に向かったの。


「予想通りね」

「予想通りと言いますと?」

 跡部の本体はそれなりに優秀な転生者だと聞いているけど、ひたすらオウム返ししているところを見るとたいしたことはなさそうね。残念だわ。

「川向うを見なさい。馬防柵ばぼうさくのようなものが幾重に重なっているわ。あれが信長の仕掛よ」

「ははあ、有名な三段撃ちをするのですわね」

「……」

「何で『こいつ阿呆だなぁ』って顔で、見下されないといけないんですの!?」

「阿呆だからよ。史実の武田軍はあそこで惨憺たる状況になるわ。どうして?」

「火縄銃で撃たれるからですわよね?」

「火縄銃を撃たれるのは誰の目にも明らかね。でも、それでどうして壊滅状況になる被害を受けるわけ?」

「おっしゃることが分かりませんわ」

「……そうね。所詮八歳児だったわね」

「それは駄女神の悪口ですわ!」

 一から十まで説明をしなければいけないのは億劫だわ。

 とはいえ、こいつに理解させないと、残りの面々にまで説明しなければいけなくなるから、するしかないのだけど、ね。


 私は火縄銃を持ってこさせたわ。

「これの性能は分かる?」

「えぇっと……」

 フリーズしたわ。まあ、そんなものよね。

「威力は強いわ。多少の鎧を着こんでいても倒すくらいのものはある。だけど……」

 私は、陣に置かれている的を目指して一発試し打ちをしてみる。

「命中率は高くないわ。ある程度の命中が見込める射程は40メートル以内、できれば15メートル以内で撃ちたいわね」

「……そういえばルイ16世後編でそういう話がありましたわね。でも、的に命中しているようですわよ」

「それは、私が撃てば当たるわよ。でも、撃つのは一般兵よ。この短い射程距離で多人数を仕留めるのは中々難しいわ」

「だから鉄砲を沢山用意させたのでは?」

「30点ね。確かに物量を多くして数撃てば当たるを実践した側面もあるでしょう。しかし、それだけでは解決しないのよ。あの下戸の立場になって考えてみなさい」

「織田信長の立場?」

「下戸にとって一番有難い状況というのはどういう状況?」

「あの馬防柵を武田軍が越えられず、なのに、越えることにこだわって15メートル以内の距離に相手が多人数が密集することでしょうか?」

Exactlyその通りよ。つまり……」


 跡部がダメすぎて、予想以上に長くなってしまったわ。

 残りは後編で。四話構成になるかもしれないわね。

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