第71話 モアシル・バルボサに転生しました・後編
注意:この話の中には現代では問題となる表現が含まれています。
ウルグアイは一年前、南米選手権でブラジルに来たが全く冴えない成績でかえっていった。
そのため、ウルグアイはたいしたことがないという空気も流れていたが、この時のチームには二大クラブ……ペニャロールとナシオナルに所属する選手が一人もいなかった。
現代の日本にやってくるアジア以外の対戦チームと似たようなもので二軍以下のメンバーだった。
今回はフルメンバーだ。
このワールドカップにおけるウルグアイ代表は、隙の無い布陣と言っていい。
試合前、俺達が準備を終えると、スタッフが手招きした。
何と、ウルグアイベンチの様子をこっそり見させてくれるという。開催国特権だ。
ウルグアイの監督が「ブラジルは強いし、観衆も多い。我々は守備的に戦い、数少ないチャンスをものにしよう」と指示を出している。
キャプテンの『黒い首領』と呼ばれたオブドゥリオ・バレラが「分かった。集中するから待っていてくれ」と監督を外に出した後、言った。
「監督はいい奴だ。ナイスガイだ。だが、あんな奴の言うことを聞いてはダメだ。俺達が守備的に戦えばブラジルは調子づいてしまう。奴らをぶっ倒すんだ。攻撃的に行くんだ。20万人の観衆なんざ気にするな。あんな奴らは木で出来た人形だと思え。ゲームはグラウンドの中でやるんだからな」
その後、奴らは完全に沈黙した。集中を高めているのだろうか。
相手の方針が分かったので、改めてミーティングをする。
「相手はああいっているが、20万人の観衆は奴らにとってプレッシャーになるはずだ。前半はボールを広く回して、相手を走らせて疲れさせよう。蝶のように舞い、蜂のように刺すんだ」
まだモハメド・アリはいないけどな。
かくして、いよいよ、運命のマラカナッソのキックオフだ。
まず、俺達の主軸ジャイールがボールを持って、後ろにパスを回す。このままパス回しで相手を走らせようと思ったら……。
「何で後ろでパスを回しているんだ!」
「攻めろよ! 何レアル払ってこの試合を見ていると思っているんだ!?」
「ダメな時の日本みたいな
まさかの観衆からのブーイング!?
あと、最後の観客、おまえも転生してないか!?
味方の野次にFWジジーニョが戸惑った瞬間、相手MFガンベッタが体当たりのようなチャージをかましてきた! 吹っ飛んだジジーニョにすまないとばかりに頭を下げて謝るアピールをしながら手を差し伸べて、周囲にも聞こえる大声で奴は言った。
「やりそこねたなぁ。次は殺す」
ブラジルのキャプテン・アウグストにも聞こえたのだろう。奴は震えながら言った。
「え、えらいところに来てもうた……。せ、戦争じゃ」
今更何を言ってんだよ!
前半、ガンベッタが縦横無尽に体当たりをしまくり、ブラジルの中心選手アデミールとジャイールが怯えて弱気になってしまった。
同じく一発目のタックルでビビッて後ろに下がったジジーニョがパスで打開しようとするが、ここにも容赦のないバレラがいる。
やられたらやり返したいところなのだが、悲しいかな、ボールはほとんどブラジルが持っている。
守る側はボールを取るフリをして相手を蹴っ飛ばすことができるが、ボールを持つ側が相手を蹴ることはできない。
前半が終了した。
オブドゥリオ・バレラがウルグアイのスター選手ファン・アルベルト・スキアフィーノに平手打ちをかまして叫んでいる。「フットボールは男のスポーツだ! 女みたいなプレーしているんじゃねえ!」と。
観衆は「もっと攻めろよ!」、「今日も3点くらい取ってくれよ!」、「この試合で勝ったら彼女にプロポーズするんだから頑張ってくれよ!」と煽りたててくる。
結果を残す最良の手段は観衆によって封じられた。
相手は勝つために何でもやるチームだ。
普通に戦う分には、ブラジルはどんどん疲弊していく。
後半に向かう足取りが重い。
幸せな家庭、平凡な生活、それらが脳裏に浮かんだ後、次第にひび割れて、壊れていった……
"女神の総括"
『47分にフリアサがブラジルの先制点を決めたけど、66分にスキアフィーノが同点弾、78分にアルシデス・ギジャに決勝点を決められ、更に史実にない3点目まで取られているじゃない。見事に1億人目の失敗者となったわね』
「……何が嫌かって、俺の顔を見た子供が大泣きするんだよ。『うわーん、こんな奴がいたから負けた~』ってな。本当死にたくなるよ」
『八割が引き分けでもいいって呑気に構えようとして、観客トラップに引っ掛かってしまうのよね。味方サポーターに煽られるのは盲点のようで』
「返す言葉もない……。計画が破綻して前半で心が折れた」
『これがフォワードだと二点目取るぜとなるけど、ゴールキーパーだから守ることを考えてしまうんでしょうね』
「そうだな……。それにしてもウルグアイの奴ら、何であんなに攻撃的なんだよ。コカインでもやっていたんじゃないのか?」
『この当時だと検査はしていないから、ありえないとは言えないわね。だけど、バレラは失点した後、「いよいよゲームスタートだな」って不敵なこと言ったらしいわよ。割と冷静だったんじゃない?』
『あと開催国特権は嘘です。ウルグアイ側のムードを入れたかっただけです』
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