第70話 モアシル・バルボサに転生しました・中編

 俺は史上最も難しいチャレンジと恐れられている、モアシル・バルボサへの転生を果たした。


 これが難しいのは条件がついていることだ。

 あくまで俺はゴールキーパーでなければならない、と。

 もっと昔にさかのぼって、フォワードになって点を取るとかはダメだということだ。


 これが悩ましい。

 ゴールキーパーは自分で点を取ることができないポジションである。味方を信じるしかない。

 もちろん、某国民的漫画に出て来る若林君や若島津君みたいに攻めあがるとか、フリーキックを蹴るという手はあるのだが、正直現実的ではない。


 サンパウロで生まれた俺は、リオデジャネイロのヴァスコ・ダ・ガマで頭角を現し、南米一のチームに導くなど活躍した。

 その活躍をもって、俺はブラジル代表に選ばれて、ワールドカップを目指すことになった。


 ブラジル・ワールドカップは16チームで開催される予定だった。

 ちなみに日本は太平洋戦争敗戦もあって金欠でFIFAへの会費を払えなかったので出場登録すらしていない。次のスイス大会からだ。


 組み合わせも決まり、さて開催という段階で三か国が辞退を申し出て来た。第二次世界大戦終了間際ということもあり、代表チームを派遣する余裕もなかったということなのだろう。

 辞退3チームはスコットランド、トルコ、インドだったのだが、前二チームはグループ4のチームだった。

 このため、結果的に優勝国となったウルグアイは僅か一試合だけで勝ちあがることになり、体力的に余裕をもった状態で上に行くことになった。

 一方、俺達ブラジルは三試合する必要がある。


 これは明らかに不公平なのだが、あくまで1950年の話、別に陰謀とかがあったわけでもない。

 ただ、ワールドカップの開催国はズルをしていることも多いのだから、この年のブラジルももう少し色々工夫すればいいのに、と思わざるを得ない。


 それはさておき。

 正直に言うと、グループリーグでは体力を温存したい。

 だが、史実を見ると、楽に勝ち抜けているわけではない。

 手を抜いたらグループリーグ敗退というより恐ろしい結果になるかもしれない。


 ここは普通にやるしかない。

 俺達はスイスに引き分けたものの、残り2試合に勝利し、グループリーグを通過した。


 かくして、ブラジル、ウルグアイ、スウェーデン、スペインで優勝を競うことになった。


 通常のワールドカップはトーナメント式なのだが、この大会のみリーグ戦形式で行うことになった。

 ブラジルの試合は20万人収容のマラカナンで、

 もう一つの試合は4万人収容のバカエンプーで試合をする。


 味方サポーターが沢山いてブラジル有利じゃないか、と思われるかもしれない。

 だが、大観衆の前だと張り切り過ぎて心身の疲労がキツくなる。

 実際、史実ではハッスルしすぎてスウェーデンからは7点、スペインからは6点取って大勝したのだが体力をかなり消耗してしまった。

 これが仇となり、最後のウルグアイ戦ではへばりと焦りがモロに出てしまった。


 これを避けなければならない。


「観客には申し訳ないが、優勝が一番大事だ。3点取ったら、流していこう」

 俺はみんなにこう言った。というか、無理矢理納得させた。

 この結果、どちらの試合も3-1で勝利した。これで多少は体力が残っているはずである。


 最後のブラジル-ウルグアイ戦はあくまでリーグ戦の一試合で決勝戦という位置づけではなかった。

 しかし、ここまでブラジルは二勝、ウルグアイは一勝一分。

 ブラジルが勝つか引き分ければブラジル優勝、ウルグアイが勝てばウルグアイ優勝という図式になった。


 この事実上の決勝戦、様々なリポートを見ると、ブラジルは先制した後も観客の後押しに押されて追加点を狙いに行ったとある。

 攻めまくったのに追加点が取れずに前二試合のハッスルも災いしてへばってしまい、後半ウルグアイが反撃してくると体力が残っていなかったという。


 引き分けてもOKなのだ。

 先制点を取った後、しっかりコントロールして体力を温存すれば大丈夫なはずだ。そう強く呼びかける準備をしておこう。

 あと、俺はゴールを守ることが優先。早まったプレーをしてはいけない。


 これを胸に刻みつけ、決勝戦を待つ。


 街を歩いていると、みんなが声をかけてくる。

「バルボサ、頑張ってくれよー!」

 は、いいのだが。


「バルボサさん、僕達、ブラジルの優勝を見届けてから結婚するんです!」

「バルボサ、試合に先に行ってくれ。終わった後、表彰式で合流するからな!」

「俺、マフィアから足を洗うつもりなんだ。試合の後、情報をもたらすからよ」

「ブラジル絶好調だし、もう勝ったようなものだよな。風呂入ってくる!」


 ……不安だ。

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