第65話 【番外編2】世界一の宦官裁判・後編

 とてつもなく派手なやり方で鉄人……じゃなくて最強候補の宦官が乗り込んできた。

 被告人は自らの存在感が霞んでしまったことが悔しいのだろう、涙ながらにハンカチをかみしめている。


「証人のナルセスと申す。被告人は世界史最高の宦官と自負しているようだが、200年ぶりにローマ世界を実現したこのわしこそが最高だろう」


 確かに、ユスティニアヌス1世の部下として、イタリア征服に貢献し、しかも内政でも貢献したというナルセスは宦官としては相当なものだ。説によっては96歳まで生きたとも言うし。

 奴が持つコロッセウムの模型は、自分がイタリア世界を支配したという証明なのだろう。

『被告人、何か反論は?』

 裁判長の声に、鄭和は「ハン」と左手をはたく仕草をした。

「ローマ世界が何なのヨ~? あたしは東シナ海からインド洋世界を制覇したのヨ? 沿岸面積を足してみなさ~い? どっちが上かは、考えるまでもないでしょ~?」

 おまえ、どんどん言葉がオネエ系になってないか?


「余は証人のアーガー・ムハンマドだ。宦官最高というのは余を置いて他におらぬ。何故ならば、余は宦官にして唯一、国を興したのだから、な!」


 そうだ。

 アーガー・ムハンマドは宦官でありながら、ガージャール朝を建国した。国家創始者となった宦官は、この男一人だけだろう。それだけでも並外れていると言っていい。この男は短期間だがかなりの強さを誇ったという。対立ライバルのシャー・フルに徹底した拷問を加えて、宝石の居場所を聞き出して身を飾ったという。そのダイヤモンドを持っているようだ。

『弁護人、さっきからずっと解説しているけど、やる気あるの?』

 ハッ、そうだ。

 段々、弁護する気をなくしていた。

「アーガー・ムハンマドはやったことはすごいが、人間としてはどうなんだろう? シャー・ルフを皮切りに攻めた先で拷問を行ったというのは現代の価値観では最高とは程遠いと言えないか?」

『確かにねぇ。人道も大切よねぇ』

「その粗野な性格が災いして暗殺されたのもマイナスだ。召使に死刑を命じておいて許したにも関わらず、召使に『いつ蒸し返されて殺されるか分からんから今の内に殺しておこう』と思われて殺されたというのだから情けない」

『単に勢いだけで登ったけれど、維持するだけの力がなかったってことかしらね』

「そうだ。個人的な人間力という点で疑問がある」


「人間力という点では、このマリク・カーフールこそ最強だ! まず、俺は美しい! 宦官でありながら、1000ディナールという高額で買われたことがそれを示している!」

 資料をよく読むと、美しい、というよりは逞しい感じなのかねぇ。宦官なのに逞しいというのが中々凄い。

「そして、俺はモンゴルに勝ち、南インドを支配した! 俺は軍事にも優れ、政務活動もソツなくこなしたのだ! 俺は二つくらい90を超える能力があってもおかしくない! 違うか?」

 13世紀末ということは、モンゴルはまだ最強に近い位置にいた。ハルジー朝はその頃のモンゴルに勝ったうえに、支配の難しいデカン以南のインドを支配した。その中心にいたのがマリク・カーフールだ。これは確かにポイントが高い。

『弁護人、意見は?』

「……でも、主君を晩年ないがしろにしたというし、主君没後、一か月くらいで暗殺されているからなぁ。終わりを全うしないのは良くないと思う」

『あちらが立てば、こちらが立たずみたいな感じねぇ』


「そういう点では、大航海をソツなく成し遂げたあたしが最強ヨ♡ 反抗勢力と戦闘して常に勝ってきたし、必要なところは支配もした」

「異議ありですわ! 支配したと言っても、短期間に過ぎません。永続的な支配を目指さない支配を、支配とは言いませんわ!」

「でも~、あたしは支配地域から略奪なんかはしなかったわよ。そんな無粋な真似、怖くてできないワァ」

『アーガー・ムハンマドとマリク・カーフールはガンガン略奪しているから、その点ではポイント高いわね』


「では、ここで弁護側からの証人申請をさせてもらおう!」

『誰なの?』

「華僑のデリック・ワンとピーター・チャンだ!」

「モブキャラを証人!? 弁護側は舐めておりますわ!」

「いや、舐めてなどいない! 中国の真の力は何かというと、世界中に散らばる華僑の力だ! そんな彼らにとって、鄭和の存在は、自分達の歴史上のルーツに関わる重要な存在なのだ! だから、名もなき華僑こそ、鄭和が最高の宦官……いや、最高の中国人である証人としてふさわしい」

『……言いたいことは分かったわ。それじゃ、ワンとチャン、意見をどうぞ』

「ああ、いや、弁護人が言ってくれたことが全てなので」

『モブキャラだけに、個別意見はないわけね……』


「あたしは最高ヨ。あたしってば最高ヨン♪ 世界は鄭和を知るべきだワ」

「こんな人物が最高なんてなったら、色々倫理が崩壊しますわ!」

『鄭和のキャラについては作者の妄想だから……。それはさておき、判決を下します!』

 全員の視線が一斉に裁判長へ向く。


『被告人が他の宦官に比べて、重要な事項を成し遂げたという点については否定しがたい話です。しかし、世界史一を名乗るには根拠となる証拠が足りないことも否めません。よって、被告人・鄭和が世界史一を自称したことについては『自己過大評価罪』に該当します。本日から一年間、様々な者を鄭和に転生させ、その実態を晒す刑に処するものとします』

「イヤアァァァァ! か弱い宦官に酷すぎだワァァ!」

「か弱くなんかありませんわ! こんな図太い宦官が大勢いたら、普通の人が大変になってしまいますわ!」


 判決が下されたが、まだまだ中は騒々しい。

 俺は資料をまとめて、さっさと帰ることとしよう。

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