第64話 【番外編2】世界一の宦官裁判・中編

 冒頭陳述も終わり、立証手続に入る。


「裁判官、先程も申し上げました通り、宦官というのはユーラシアの多くの地域で延々と培われてきたものです。倫理的にどうか、というのはさておきまして良きも悪くも伝統といっていい制度ですわ」


 まあ、否定はできないな。

 現代的に考えれば良い制度、とは言いづらい。

 しかし、悪いだけの制度なのであれば二千年近く残ってきたということはありえないから、何かの価値はあったということなのだろう。

 ただ、広まったのは人口の多い地域だけであることも事実だ。

 西欧や日本、特に日本はあれだけ中国の文化や制度を取り入れたのに、宦官制度だけは頑として拒否してきたのは興味深い話だ。


「二千年は続こうかという宦官の中でトップを見出すなど、砂漠で目当ての砂一粒を探し出すようなもの、不可能ですわ! それなのに被告人は『我こそ世界史一の宦官』とほざいております。不遜極まりありません! もっと謙虚に、歴史にこうべを垂れるべきですわ!」


 俺は手をあげた。

『弁護人、どうぞ』

「世界史一を容易に判定しえないという検察側の見解には賛成します。しかし、現状、ランキングを作るに際してそれぞれの個人を点数づけするケースが非常に多くみられます」

『確かにそうね』

「被告人についてはコーエーのゲームに登場しておりまして、その能力値は政治84、戦闘87、智謀が88という非常にハイスペックなものとなっております。宦官の特異性を考えますに、ここまで高能力の者は他にいないと言っても良いでしょう。例えば三国志の十常侍などにここまでの能力が期待できますか?」

『まず無理でしょうね』

「権力を牛耳った宦官は多くおります。例えば明末の魏忠賢ぎちゅうけんなどは皇帝の万歳から千を引いた『九千歳』と呼ばれたと言われていますが、それにしても鄭和のようなハイスペックは期待できません。つまり、被告人が世界一の宦官というのはある側面においては該当していると思います」


『検察側、これに対して何かありますか?』


「あります、あります。大アリクイですわよ!」

「……意味が分からんのだが」

「お黙りなさい! 確かにある一面において世界一というのはありえますわ! 三振や暴投などの悪い記録であっても世界記録を保有すれば世界一を語ることはできます! しかし、被告人の数字はバランスこそよいですが、どれも90に届かず、これが最強なのか? と疑われても不思議のないものです!」

「ぐっ!」

「また、先ほど、弁護側はハイスペックな宦官は他にいないと言いました。なるほど、中国やオスマン帝国においては、宦官はもっぱら後宮管理が主でしたわ! ド派手な宦官はおりませんでした。しかし、その他の国では政務にとりかかる宦官も多くおりましたわ!」


 検事は何故かカメラに向かってドアップになる。


「ワタクシは、今回被告人以外の最強の宦官達を呼び寄せました! この三人の宦官を法廷に呼び出したいと思うのですが、よろしいでしょうか!?」

『呼び出したいって、証人申請するってことよね? 認めるけど……?』

「それでは呼び出しますわ! 蘇るがいい、無敵の宦官Iron Eunich!」


 検事が左手を奥の壁に向かって掲げた!


 法廷が真っ暗になり、勇壮なクラシックが流れ出す!


 言葉にならない興奮が法廷を包み、後ろにあるインド、イラン、ギリシア……三つの国旗が輝きだす!

 床が割れ、その下から何かが上がってくる!

 まさに今、姿を現そうとしている三人の宦官達!

 それぞれ右手に何かを持っている!


 コロッセウムの模型を持つギリシアの、ナルセス!

 拳大のダイヤを持つイランの、アーガー・ムハンマド!

 そして1000ディナール金貨を持つインドの、マリク・カーフール!


 今ここに、世界が誇る無敵の宦官達がそろい踏みをした!?


『こらー! 何、勝手に法廷を改造しているのよー!?』

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