第63話 【番外編2】世界一の宦官裁判・前編

 ここは天界の裁判所。


 女神がやってきて、開廷を宣言する。


 続いて、どこかで見覚えのあるセーラー服を来た中年の人物が入ってきた。今回の被告人だ。


 女神の問いかけに、被告人が答える。


「名前は鄭和ていわヨ。昆明こんめいの生まれで、永楽帝に使えたワ。靖難の変で大活躍して太監たいかん(宦官のトップ)にとりあげられて、その後、七回に渡って世界中を大公開したのヨ。最後の航海から戻ってきて間もなく死んだワ」


『それでは検察官から起訴状を朗読してもらいます』


 検事の郁子が立ち上がる。


「被告人の鄭和は先だっての裁判に証人として登壇し、『自分が世界三大提督の一人』と主張しましたが受け入れられず、今度は『自分こそが世界史一の宦官』と言いだしました。それで周囲の宦官が大変迷惑していて、今回の起訴に至ったのです!」


 どんな状況でも軽はずみに「誰それがナンバーワン」と決めつけるのは大罪だ。「戦国で一番なのは●×」、「サッカーが一番うまいのは△■」などと不用意にツイートなどしてみるといい。反対派がわんさかと押し寄せてくる。

 世界一ともなると、その比ではない。

 世界史一は、その更に上を行く。

 それなのに、こともあろうに、鄭和は自分が世界史一の宦官と言い出した。何たる傲慢罪!

 かなり厳しい法廷戦が予想される。


『被告人、何故、自分が世界史一の宦官などと言いだしたのですか? あと、その恰好は何なのです?』


 そうだな……。セーラー服姿は俺としてもツッコミたいところだ。


「私は航海の達人なのヨ。そんな私に一番似合う服は当然セーラー服でしょ? 世界一の宦官と言い出したのは、それが当たり前だからヨ。私よりすごい宦官が世界史に存在するはずがないワ」


 ……くっ、この野郎……。

 苦しい弁護戦に拍車をかけるのは、被告人の鄭和が確信犯めいているところだ。


「それに私、前回、宦官であることを犯罪って言われたのヨ。失礼な話だと思わナイ? 今、LGBTQってあるのだから、そこにE(eunuch=宦官)も加えるべきだと思わナ~イ?」


「こいつは法廷を馬鹿にしていますわ!」

「うーん……」

 まずい。前回も検事は似たようなことを言ったが、そのときは裁判官が郁子を制止した。

 しかし、今回の鄭和の語り口は本当に相手を小ばかにしているようで、裁判官が制止しない。ということは、裁判官の心証は早くも「こいつ、有罪でいいんじゃないか?」という方向に向いている。


 これはまずい。このままでは負けてしまう。

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