第62話 ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルスに転生しました・後編
修道院に入り、ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルスという名前を名乗るようになったワタクシですが、修道院の上司であるヌニェス神父は、ワタクシの著作のことごとくについて検閲をかけるようになってしまいました。
畜生めー!
とんでもない焚書行為ですわ!
思い知らせてやります!
ワタクシの才能を舐めてもらっては困りますわ。
詩や著述がダメなら絵画という手もあります。レオナルド・ダ・ヴィンチ以来の万能の天才と言っても良いワタクシは絵画だって余裕ですわ。
『ヴァージン・クィーン×ブラッディ・マリー』
『復讐に賭けるフランス女とその毒牙にかかった親友』
『楊貴妃×安禄山』
ワタクシの筆は留まるところを知りません。
瞬く間にメキシコの風紀は乱れてまいりましたわ。
そのうえで密かにマドリードに書簡を送りました。
『副王と一部の神父が修道女に文字を書くことすら認めないので、同人絵画がはびこり、風紀は崩壊寸前です。このままではメキシコは崩壊してしまいます!』
副王はクビになり、新しい副王としてラ・ラグナ侯爵がやってまいりました。
新しい副王は、まずは盛大な式典を行いますので、凱旋門を作る必要がありました。そのデザインを何人かの者に発注することになりましたが、その中にワタクシも入っていたのです!
他のデザイナー共は、通り一片の知識でデザインしたようですが、ワタクシは違います。
副王のラ・ラグナというのは湖沼のことを意味します。メキシコシティはかつてテノチティトランという名前の湖上の都市でした。アステカ文明から繋がるスペイン植民地という概念を、スペイン文明とアステカ文明の融合を目指したデザインを、ワタクシは作るのですわ!
デザインを送ると、すぐに呼びだしを受けました。
「ソル・フアナ・イネス、何という素晴らしいデザインだ。余は感動してしまった」
「お任せいただければ、同じコンセプトのデザインで凱旋門のみならず、メキシコ・シティの灌漑装置や大聖堂も作ってみせますわ!」
ということで、工事一式引き受けてまいりましたが、上司はカンカンです。
しかし、今のワタクシには副王の信任というものがついています。ワタクシなくして、副王の望むデザインの建物は出来ません。
「神は神学だけではなく、自然科学も人文科学も全て極めているのですわ! 神の摂理を理解するには、全てを極める必要があります。神学を語るカタブツは教会に五人も六人もいりませんわ! 一人だけ置いて、残りは多種多様な分野から引き入れれば良いのです! 神学しか語れない無駄飯食いの連中を全員クビにしてから来やがれですわ!」
逆ギレしてやりましたわ。
工事は無事終了し、ワタクシは王妃様の相談係の地位を授かりました。
遂にワタクシは手に入れましたわ!
やりたいだけ研究ができる地位を、立場を!
ここからワタクシの戦いが始まりますわ!
あ、項羽のようにここが終わりではありませんわよ。
ワタクシの指導の下、メキシコは発展していきます。
しかし、ワタクシの発言が尾を引いて、対立が起こるようになってしまいました。つまり、「神学だけやればいいのか、他の学問も必要だ。神は全てに精通していて、全てにおいて近づく必要がある」という派と、「神の教えることのみを理解すればよいのだ」という派ですわ。
更に大きな教会のないところでは進歩派、あるところでは保守派という地域対立の様相まで加わってまいりました。
現在の麻薬カルテル対立が顕著ですが、メキシコの地域対立は半端なものではありません。農地を掘ったら『見せしめだ』とか刻まれた遺体が出て来るわけですわ。
おまけに、スペイン支配に対する不満までくすぶってきてしまいました。
……どうやら、ワタクシという存在はメキシコには劇薬過ぎたようです。
飢饉をきっかけにメキシコ全土で暴動が起きました。
この全てがワタクシのせい……
今回は悪女ではなく、天才を目指したつもりだったのが、最終的には国を惑わす悪女となってしまいました。
無辜の者達、特に子供達が殺されるのは胸が痛みます。
ワタクシはこの瞬間、学術からは引退することにしました。蔵書などを売却し、寄付をすると元の修道院での生活に舞い戻ったのですわ。
"女神の総括"
『で、まあ、ペストが流行って看病しているうちに感染して亡くなるという結論は同じだったと』
「ワタクシ、国を惑わす悪女となってしまいましたわ……」
『さすがにあんたのせいでメキシコが狂ったわけじゃないでしょ。進歩的なことを言い過ぎて地域対立を招いたのは事実だけど』
「似たようなものですわ……」
『似とらんわい。まあ、いいわ。同人絵画はともかくとして、やっぱり大体似たような人生になったわねぇ』
「同人絵画は毎回良く売れますわ」
『イギリスやフランスからヒットマン送られなくて良かったわね……』
「ところで、転生航空機の墜落原因は何でしたの?」
『あ~、エンジン近くの部品がすっ飛んで、燃料タンクを破壊して、それで漏れまくって燃料不足になったみたい。最近、どんどん転生者が来ているから、点検がなおざりになっていたみたいね』
「ならばワタクシが直してみせますわ! この天才の頭脳をもってすれば」
『いや、それはソル・フアナ・イネス補正があっただけで、今のあんたの知能は今まで通りの八歳児だから』
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