第59話 カーシー・バーイーに転生しました・後編

 マラーター同盟と、ワタクシの夫バージー・ラーオはインド最強となりました。


 いいえ、18世紀前半は欧米もアジアも小康状態です。

 この時代、マラーターとバージー・ラーオこそが世界最強と言っても差し支えありませんことよ!


 そんなワタクシの第二の分岐点は、バージー・ラーオの急逝です。

 20歳にして忽然と現れ、瞬く間にインドの大半を支配し、世界最強になるというラノベ主人公のようなバージー・ラーオは39歳にして唐突に熱射病で死んでしまうことになっています。

 この後、ワタクシの息子バーラージー・バージー・ラーオが10年ほどかけて更に盛況させますが、アフガン人のドゥッラーニー朝のアフマド・シャーに第三次パーニーパットの戦いで敗れてしまいます。これで一気に威勢を失い、以降のマラーター同盟は分裂するのですわ。


 息子は有能ではあるのですが、さすがにバージー・ラーオと比較すると見劣りいたします。

 となれば、バージー・ラーオを長生きさせて、アフガンに勝てばベストエンドですわ!


 可哀想なマスターニーはどこかに行ってしまったので、ワタクシが夫の憩いとなっております。

「貴方、来年はプネーでのんびりしてくださいまし」

「どうしたのだ妻よ。このバージー・ラーオはインドの獅子だ。獅子はどんな時でもエサを探さなければならないのだ」


 獅子を自称していますが、実際には獅子とハイエナを合体させた存在でしょう。略奪力がやばすぎます。

 とはいえ、来年熱射病で死ぬと分かっておりますので、息子のバーラージー・バージー・ラーオに経験を積ませてはどうだと適当に理由をつけて、翌年はプネーにいつづけることを了承させました。


 バージー・ラーオは1740年を生き延びました。

 これで、父と息子と手が増えますので、更に発展しますわ!


 そう思ったものだったのですが……

 1750年以降、明らかにマラーターの勢いには陰りが差しました。

 やはり略奪に頼り過ぎた戦略に問題があったのでしょう。

 デリーを占領して、略奪し放題したあたりまでがピークだったようです。

 北へも南へも勢力拡張は続いておりますが、明らかにペースは鈍化しました。


 そして、アフガン人共が南下してきました。

 激しい抗争が続き、夫バージー・ラーオはデリーから戻ってこなくなってしまいました。その過程でも現代のパキスタン領土方面に勢力拡張は続いております。

「息子よ、おまえも父を助けてくるのです」

 いよいよアフマド・シャー・ドゥッラーニーは看過しがたい存在になってきました。ただ、マラーターが全力をあげれば、まだ勝てるはずです。

 ワタクシは呑気に南を攻めているバーラージー・バージー・ラーオの尻を叩いて援軍として行くよう要請しました。


 しかし、全て終わっておりました。

 連戦連勝で奢っていたマラーター軍はアフガンに大敗。

 40年無敵を誇ったバージー・ラーオは最初の敗戦で戦死してしまいました。


 何ということでしょう。

 しかし、正史よりはマシですわ。我が息子バーラージー・バージー・ラーオをはじめ、本来なら戦死した連中は沢山残っています。

 マラーターの威信は低下しましたが、まだ、反撃の余地はあるはずです。


 それに何より!

 バージー・ラーオが死んだことで、ワタクシは新宰相バーラージー・バージー・ラーオの母としてマラーター政界を陰から操ることができるのですわ!

「残念ながら……、そうはならない」

「えっ!? あっ!」

 気づいたら、ワタクシの部屋は何者かに包囲されておりました。

 口数の少ない金の髪の娘が指揮官のようです。

「……まさかゴーピカ・バーイー(息子の妻)の手の者?」

 まさかここに来て、嫁と姑の争い?

 嫁が、実権を握らんと、姑たるワタクシを殺そうというのでしょうか!?

「ご名答……。既にここは占領。貴女はヒンズーの妻、宰相の後を追う」

「な、何ですって!?」

「サティー制度。ヒンズーの妻の掟」

 サティーというのはヒンズーの寡婦が夫の後を追って、火の中で死ぬという制度のことです。

「ちょ、ちょっとお待ちなさい! この時代、サティーは下火になっていますことよ!?」


 待ってくれませんでした。

 ワタクシは、火の中にぽいっと放り込まれました。

「葬送曲は得意。私が弾く」

 刺客の奏でる音色とともに、ワタクシは燃え尽きていきました。



"女神の総括"

『アフガンは強いわね~。というより、マラーターが略奪しすぎて嫌われていたんでしょうね~』

「それより最後の刺客は何ですの!? 別作品から出していません?」

『ほら、彼女の根拠地はプネーから名前を取っているし、家の名前もマラーターっぽいでしょ。だから、あんなのがいても不思議じゃないかな~って』

「あんなのがいるなら、パーニーパットで戦ってほしかったですわ!」

『マラーターって緊急事態になると、女傑が出てくるのよね。滅亡寸前のラクシュミー・バーイーもそうだし、ムガルにボコボコにされていた時にもターラー・バーイーが出てきたし。でも、パーニーパットの頃は平穏な時代だから女性が参戦することはなかったんじゃないかしら?』

「そこだけ真面目に言わないでほしいですわ。ところで……」

『何かしら?』

「ワタクシの前に、ゴータマ・シッダールタに転生していた人はどうなったのかしら?」

『仏教を全世界に広めたみたいね』

「そんなに!?」

『劇場版だと良化補正が入るから、八十年も与えればとんでもなくきれいになるものよ』

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