第58話 カーシー・バーイーに転生しました・中編

 ということで、時代は18世紀インドですわ!


 この時代はまだマラーター王国でした。

 シヴァージーがムガル皇帝アウラングゼーブに対抗して独立したのですが、ムガルとやりあい、王国内は内訌がありとドタバタしております。


 ただ、1707年にアウラングゼーブが病死し、ムガルは不安定になります。

 それから間もなく、宰相になったバーラジー・ヴィシュワナートが反撃の糸口をつかみます。

 このバーラジー・ヴィシュワナートの嫡男がバージー・ラーオ。

 ワタクシの夫となる人物ですわ。


 1720年、バーラジー・ヴィシュワナートは引退し、20歳のバージー・ラーオが宰相となります。と同時に、ワタクシと結婚することになりました。ワタクシは17歳です。


 このあたりの歴史は日本ではまず触れられないのでほとんど分かりません。

 ワタクシ、展開についていくのがやっとですわ。


 夫の宰相就任と同時に、マラーター同盟の最盛期が始まります。

 最強の将軍であるバージー・ラーオは連戦連勝。

 その圧倒的な強さを背景に占領地からはぺんぺん草も残らないほど略奪して、マラーターはどんどん裕福になっていきます。


 ……いや、ここまで略奪していいんですの?

 これだけ略奪するから、最盛期が終わった後、一気に停滞期に入ってしまったのでは?


 ともあれ、この時代は好循環を招きます。


 宰相が領土と財宝ゲット⇒諸侯にそれを分け与える⇒宰相と諸侯の連携力アップ⇒ますます強くなり宰相が領土と財宝ゲット⇒以下、ループ。王様はただいるだけの存在


 となり、マラーター王国は宰相主導の諸侯連合国家、すなわちマラーター同盟へと変わっていくわけです。

 それをなしえたのはバージー・ラーオの強さと略奪力ですわ!


 さて、北部はムガル帝国が支配していますが、イスラム諸侯も一枚岩ではありません。というより、インドが一枚岩であることがありえません。

 イスラム諸侯の中にも強すぎるマラーターに従った方がいいのではないかと思うところがでてきました。

「先に金を払うんで、略奪だけは勘弁してください。あと隣の奴気に入らないので徹底的にやっつけてやってください」という訳です。

 徹底的に血を流して解決する。流された血はそいつらの血でもってのみ贖われる。それをさせるためにはどんな手段でも使う。

 これこそがユーラシアの掟ですわ。


 で、ラージプートの一部族がその代償として自分の娘を差し出してくることになるのがマスターニーです。


 ということで、最初の分岐点がやってまいりましたわ。

 マスターニーを早くから消し去るにはラージプートの一部族がマラーターに降伏するのを阻まなければなりません。

 そうなれば、マスターニーが差し出されることはありません。どこかで売りさばかれるのがオチですわ。


 とはいえ、ここはインドです。

 女子が政治的なことに口を挟むのは容易ではありません。特に夫がバージー・ラーオのような有能極まりない人物であれば尚更です。


 しかし、何も方法がないわけではありませんわ。

 ワタクシとバージー・ラーオはお見合い結婚です。つまり、ワタクシの実家はマラーター宰相と婚姻できるくらい家が強いということです。


 ワタクシの実家は地方の銀行業をやっております。

 金の貸し借りの間には優劣関係があります。貸し手は、チャラにしてやるという条件の下で、借り手に一定のことをさせることができるのです。


 ワタクシは実家の借り手の中から、イスラーム嫌いの連中を焚きつけました。彼らは自作自演で「ラージプートに襲われた! あんな奴らと同盟しないでくれ」とバージー・ラーオに主張します。

 多くの部下にこう言われては、『マラーター同盟』の盟主としてバージー・ラーオも無視はできません。


 多少時間はかかりましたが、マラーター軍はラージプートを壊滅させました。

 風の噂によると領主の娘マスターニーはどこかの奴隷商人に売られてしまったということです。

 フフフ、ワタクシに歯向かおうとした報いですわ。


 バージー・ラーオもまた、新本拠地としたプネーに壮麗な大宮殿の建設を始めました。

 マラーターの春がやってまいりましたわ!



"女神の一言"

『いや、マスターニーにはあんたに歯向かう気はなかったんでは……』

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