第56話 項羽に転生しました・後編

 俺が秦軍と戦っている間に、劉邦がそそくさと咸陽を占領してしまった。


「裏口入学のような真似をするとは、何という姑息な!」

 俺は劉邦をこらしめることにした。

 すると、劉邦陣営の不満分子・曹無傷がやってきた。

「劉邦は天下に野心があり関中王となるつもりです。子嬰を宰相として財産も独り占めするつもりですぞ。それに劉邦という男は金に汚く、態度も悪く」

 告げ口だ。

 何という情けない男だ。

「男ならば、面と向かって文句を言えい! 陰口など言語道断!」

 俺は曹無傷を処刑して、劉邦を更に攻撃した。


「覇王、劉邦を捕まえたらどうするのですか?」

 叔父の項伯が聞いてきた。

「天に覇王は一人で充分。当然、処刑する」

 その夜、項伯は陣営からいなくなった。

 そういえば奴は劉邦陣営の張良に恩義があると言う。報告に行ったのだろう。

 しばらくすると、劉邦陣営から「釈明したい」という報告があった。

「なりません! この機会に劉邦を殺しましょう!」

 范増が暗殺を主張する。

 暗殺というのは好かないが、まあ、必要とあればそういう手もあるだろうか。


 劉邦がやってきた。

 奴は弁明する。「私は財宝に手をつけずに待っていたのに、愚かな者が私と項羽将軍を引き離そうとしています。どうか小人の言を聞くことなどなきように」

 と回りくどいことを言う。

「確かに、うぬのことを曹無傷が中傷していた。しかし、おとこおとこが分かり合う一番の方法はこれだ」

 俺は太さ70センチの前腕を披露した。

「拳と拳で語り合う。真の一撃は万の言葉を上回る。うぬも覇王を志すなら、俺と打ち合えい」

 劉邦は血相を変えて逃げ出そうとしたが、俺は回り込んで一撃を打ち込んだ。

 一撃。

 それで全てが終わった。

 劉邦は、俺のライバルとなるはずだった男は、死んだ。


 その後、俺は西楚の覇王を公式に名乗り、楚を治めるようになった。


 のだが。

「項羽よ。いたるところで反乱が起きているではないか」

 と、義帝が文句を言う。

 どうやら、秦兵二十万を皆殺しにしてしまった原因が俺のせいにあると言いふらしている奴がいるらしい。あと、弁解にきた劉邦についても、俺が一方的に殺したような話になっていて、「項羽に従っても殺されるので、刃向かった方がいい」という話になったようだ。

「何、覇王が出陣すればすぐに終わる」

「だったら、早く行けよ」


 うるさいな。

 おまえなんぞ、たまたま血筋が良いだけで何もできない凡人ではないか。

 このような奴に支配される者は哀れである。

「帝、うぬに天下を支配する器があるか、この覇王の拳に答えてみせよ」

「ひぇぇぇ!」

 義帝は逃げ出した。

 逃げた先で追いはぎに遭って、死んでしまったようだが、それまで俺のせいにされてしまった。


 気づいたら、俺の周りは敵だらけになってしまっていた。

「一体、何が問題だったのだ? 俺は覇王だというのに、最強だというのに」

 すると、いつのまにか俺に付き従っていた虞美人が答えた。

「最強だから、それを倒して最強になろうというものが尽きないのではないですか?」


 なるほど……。

 これが覇道というものか。

 最強を目指す者は絶えず、倒しても倒しても次から次へと敵が現れる。

 終わりなき道が待っているというわけだ。


「フフフフ、それも良かろう」

 ならば、とことんまで走り抜けようではないか。

 覇王の道を、最強への道を。


 俺の戦いは、今、始まったばかりだ!



"女神の総括"

『……あいつは一体いつになったら帰ってくるのかしら?』

「少なくとも数話はかかりそうですわね」

『いくら項羽の体が強いといっても、あそこまで脳筋モードに入るとは思わなかったわねぇ。無双できるとついつい堪能したくなるものなのは分かるけど』

「恵まれすぎた人間が上に立つと、そうでない者の気持ちが全く分からないから、ということですわね。体力馬鹿はもちろん、天才が治める国も存外うまくいかないものなのかもしれませんわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る