第53話 ガリレオ・ガリレイに転生しました・後編

 俺はデカルトに手紙を出した。


 当初、奴はいぶかしんでいたようだが、そのうち手紙を交わすようになった。

 色々な話題を出す中で、俺は「振り子を使えば、地動説が証明できるような気がするんだが、まだ結論に至らない。このページの余白は足りないし」と書いてみた。

 このくらいのヒントを与えれば、奴ならば気づくだろう。


 実際、デカルトはすぐに気づいたようだ。

 奴が大勢の同僚や近侍の者達に働きかけているという話が聞こえてきた。


 だが、フランスやドイツは三十年戦争の真っ最中。

 教皇庁どころではない世紀末の世となっていた。


 フーコーの振り子は技術的には高いものはいらないのだが、長いうえに大きく重い振り子を使わなければならないので(重ければ重い程慣性の法則が長時間働き、かつ気流などの影響も受けなくなるため)、準備に金がかかる。

 フーコーはナポレオン3世の理解を受けて作成してもらったが、この時代にはそんなキップのいい君主はいない。

 もう少し待てばデカルト推しのスウェーデンのクリスティーナが支援してくれるだろうが、スウェーデンも現在は三十年戦争中だ。


 ……俺のパトロンのメディチ家が出してくれるだろうか。

 交渉してみることにした。


「……そんなに高いのか?」

 案の定、フェルディナンド大公は渋い顔になった。

「しかもお主が考えたことではなく、デカルトとの共同考案であろう。そのためにこれだけの大物を作るというのはうむむむ……」

「大公閣下、しかし、これで巷をにぎわす地動説の有無が証明されます。まさに画期的な実験ではあるのです」

「画期的な実験……」

 メディチ家というのは政治力もさることながら、ルネサンスの推進者としての誇りも持っている。パトロンとして大きなことをしたいという思いはどこよりも強い(第二部のイル・マニーフィコも参照)。

「分かった。出すことにしよう……」


 やったぜ。


 かくして、フィレンツェに大きな振り子が作られた。


 フーコーの振り子も概念の理解は難しい。作者も何となくでしか理解していない。

 地球は自転している。ただし、地上のものも同じ力で回っているため、一見すると地面が回転しているようには見えない。

 一方、運動エネルギー自体は宇宙法則である。


 つまり、地上で振り子を揺らした場合、振り子の揺れる運動は宇宙法則である。一方、その地面である地球は宇宙法則とは別に自転していて動いている。

 ということで、揺れと地面に若干のズレが出る。


 振り子を長時間観察していると、あるいは下に針を設置して砂をかき回させていると時間の経過とともにズレが分かってくるというものだ。




 もちろん、これを目の当たりにしても教皇庁がすぐに納得するとは思えない。そんなに簡単なら苦労はしない。


 そこで二つの方法論を用意した。


 まずは、地動説は神の配慮に矛盾しないという考え方だ。

 天動説地動説自体は『聖書』などには何の記載もない。しかし、地動説自体が物理・数学的なものであり、科学が神に挑戦しているという印象を与えるものだ。

 なので、「神はそもそも物理も数学も極めておられ、一番適当な方法を人間に下さったのだ」という方向性を用意しておく。これならば神は間違っていないし、挑戦も許されている。

 結局、神は全て理解されていたのだ、インシュアッラーだ。


 もちろん、これでも全面的に納得はしないだろうから、もう一つの極めつけの爆弾を用意した。


 そいつが爆発した。


「が、が、ガリレオ~!」

「どうしたんだい、のびた君じゃなくて教皇ウルバヌス聖下」

「イングランドでは大変な本が出回っているというじゃないか! 『進化論』だって?」

「ほうほう、どれどれ?」

 もちろん、お分かりいただいていると思うが、俺がデカルトに示唆し、彼の仲間が手を回してイングランドの偏屈もの達に書かせたものだ。ダーウィンの祖先かどうかは知らない。

 俺は驚いたふりをする。

「これはいけませんなぁ! 人間が猿から進化したというのはあってはならないことです!」

「どうしたらいいんだ! こんなものが出回ったら、神の教えは破滅してしまう!」

「これはなりません! これはいかなることがあっても許されませんぞ! 強硬的に当たるべきです!」

「や、やはりそうか……。おまえのような科学的観念の強い男がそう言ってくれて安心した」

「ところで聖下、近々、フィレンツェでデカルトがみょうちきりんな実験をするようです。地動説を証明するとかどうとか……」

「そっちも許せんのだが……」

「ただ、証明具合によっては否定を貫き続けると、教会は何もかも否定しているのではないかという印象を与えかねません」

「むぅ……。場合によって認めろというのか?」

「もちろん、証明の度合いにもよりますが」


 デカルトは実験に成功した。

 実際に目の当たりにした教皇も「仮に天動説が正しかったとして、神の教えと矛盾するものではないようだ」という予防線を張りつつも認める方針に立った。

 教会も何だかよく分からない地動説天動説よりは、自分の祖先が猿かもしれない『進化論』の方が恐ろしい。だから、地動説には反対しないことにしたようだ。


 勝った! 俺は勝ったのだ!

 これで余生も伸びるし、楽しく過ごせそうだ!


 数年後、デカルトから手紙が来た。

『スウェーデン女王に先生の話をしたところ、「話を聞きたいので軍艦で迎えに行く」と言われていました。よろしく』


 はっ?


 程なく、フィレンツェにスウェーデン軍艦がやってきた。

 女王が俺の教えを請いたいということで、どうしてもストックホルムに来てくれという。

 俺は拉致同然にさらわれ、ストックホルムに行った。

 行ってみると、女王は公務で忙しいので、勉強できる時間は早朝しかないという。

 しかも早朝五時からの枠はデカルトが埋めている。



"女神の総括"

『まあまあ、勝ったんだから最後がちょっと悲しいのはセーフよ!』

「毎朝三時半から勉強って、あの女王どんだけタフなんだ。というか、デカルトもデカルトだろう。80超えた俺(史実より長生きした)を三時半から働かせるってどれだけ酷いんだ」

『ま~、デカルトも体調崩して一年もたなかったしねぇ。辛くて言い出せなかったんじゃない? でも、二人とも立派な墓は作ってもらったし』

「推しを推し過ぎて殺してしまった、みたいな話だな……」

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