第45話 ジャンヌ・ド・ベルヴィル(の親友)に転生しました・中編


 あ~れ~!


 ワタクシ、一体どこに落ちてしまったのでしょうか!?


 それにしても、あのダ女神、このワタクシを騙そうとは!

 一度、ぶっ飛ばさないことには気が済みませんわ!



「どうしたのですか? アンヌ?」


 む、急におっとりとした声に呼びかけられました。

 声の方向に向き直ると、声同様におっとりした女がいます。

「お茶を飲んでいたら、急に雷に打たれたようになりましたが、どうかしたのですか?」

「い、いえいえ、何でもありませんことよ!」

 自分の身なりを見ると、まあまあの服を着ていますが、目の前の女と比べると質素です。言うなればワタクシは男爵夫人、相手は伯爵夫人くらいの差を感じます。


 彼女の名前はジャンヌ・ド・クリッソン。

 いわゆるバツ二の女ですわ。


 最初の結婚は12の時でって、おい!

 これは7年後に相手が死没して終わりました。


 次にパンティエベール公爵と結婚しましたが、これは教皇の介入で無効となりました。で、すぐにオリヴィエ・ド・クリッソンと再婚いたしました。この時、彼女は30歳です。

 もっとも、その前からお互い好き合っていたようですので(何せ結婚の5年前に子供ができていますし)、ジャンヌは夫に首ったけです。


「それでね、オリヴィエったら……」

 今もワタクシは、彼女の惚気を聞かされることになります。

 30過ぎてからの結婚はこじらせることもありますが、彼女こそまさにそういう存在と言えましょう。


 というか、ワタクシ、何のためにこの時代に転生したのでしょう?

 この女を毒殺でもして、下剋上しろ! ということでしょうか?



 どうにもよく分からないまま5年ほど経ちました。


 と、イングランドとフランスの関係が悪くなってきて、ノルマン人(イングランド側)についているオリヴィエもフランスに睨まれるようになりました。

 遂に! オリヴィエは他の10人くらいの貴族とともにフランス王に逮捕されてしまいました。


 オリヴィエにメロメロなジャンヌの狼狽ぶりはありません。

「あわわわ! 賄賂をいくら送れば解放してくれるかしら?」

 と多額の賄賂で解決しようとした結果、かえって贈賄罪やら反逆罪などに問われることになってしまいました。

 ジャンヌにも「パリまで来い」という召喚状が届きます。

「フランス王の狙いはこの土地ですわよ。あなたまで逮捕されては、夫婦仲良くあの世行きですわ」

「う、うぅぅ……」

 オリヴィエの前妻の子らに匿われて、ジャンヌは助かりましたが、オリヴィエはさしたる裁判もなしに死刑になってしまいました。



「ウワアアアアア!」

 報告を聞いたジャンヌは絶叫しました。

「ジャンヌ、気を落としてはなりませんわ。オリヴィエを死刑にしたのはいくら何でもやり過ぎです。フランス王にはいずれ神の罰が下りますわ」

「……神? 何故、神の罰を待つ必要があるの?」

「ジャンヌ?」

「罰は、妻である私が下さないと……」

 お、おぉぉ?

 何だか変な空気がたちこめてきていますわ。

 ジャンヌの周辺に黒いもやのようなものがかかり、どんどん濃くなっていきます。これはいわゆる闇堕ちってやつなのでしょうか。

「ジャンヌ、大丈夫ですか?」

「えぇ、アンヌ。私は大丈夫よ。私は今、誓ったの」

「何をですか?」

「コロス! フランス、スベテ、コロス!」

「ひぃぃぃぃ!!」

 もはやおっとりしたジャンヌの風貌はどこにもありません。そこにいるのは憎悪と憤怒に満ちた夜叉ですわ。ワタクシ、あまりの恐怖に真面目にちびりそうになってしまいました。


 ワタクシ、一つの教訓を得ましたわ。

 こじらせた女から愛する者を奪うべきではない、と。


 ジャンヌは領地や館を売り払い、それで400人の軍勢を編成しました。

「フクシュウ! フランス! コロス!」

「せ、せめて、人間らしい言葉を話してくださいませ」

 こんなのがフランスをほっつき歩いていたらたまりませんわ。

 どうにかワタクシが制御しなければなりません。

 できるのでしょうか……。

 

 無理でした。

 ある日曜日、偵察中のジャンヌはフランス人の商人達を見つけます。

「ミツケタ! フランスジン、コロス!」

「お、お待ちなさいませ!」

「アンヌ! ナゼトメル!? フランス、コロス!」

「今日は日曜日です! 日曜日に戦闘をするなど、神の恵みに反しますわ!」

「……」

「せめて明日にしましょう」

 毎日毎日血を見せられては溜まりませんわ。

「……アンヌ、貴女はとてもいいことを教えてくれましたね」

 おお、以前のジャンヌに戻りました。

「私は間違っておりました。正規軍として復讐しようなんて」

「ハッ?」

「私は神を捨て、悪魔となり、復讐を果たさないと。とりあえず海賊を名乗ることにいたしましょう」

「えーっと」

「悪魔や海賊には土日もへったくれもありません」

 アンヌは十字架などを投げ捨てました。

「コロス! フランス、ミナゴロシ!」

「ぎょえぇぇぇっ!」


 ちなみにミナゴロシと言いつつも、ジャンヌの戦法は一人か二人残して全滅させるというものです。残った一人二人には「フランス王に伝えろ! 私が必ずおまえの喉元を食い破り、復讐してやる!」と言って、それを伝えさせようとするわけです。

 最悪ですわ。世界最強のヤンデレですわ。


 あと、皆様、土日の労働は本来、神の恵みに反するものなのです。

 くれぐれも休日出勤などという悪辣なことはなさらないでくださいまし。




"女神の一言"

 最近でも1973年、イスラエルの安息日に開戦したヨム・キプール戦争というものがありましたが、一度始まってしまえばともかく開戦については休日を避けるという発想はあったようです。

 土日に仕事をしたいから神を捨てるという発想は中々にかっ飛んだものと言えるでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る