第40話 ナポレオン・ボナパルトに転生しました・終章


 俺、ナポレオン・ボナパルトは順調に権力基盤を固めている。


 ここまでは歴史通りであるが、そろそろ俺流に色をつけていくべきだ。

 そのための準備は転生前からやっている。


 まず、陣営の安定化だ。

 俺のスタッフには天才なのだが、それゆえに一癖も二癖もあるタレーランとフーシェがいる。

 この二人をどうにかしなければならない。


 俺はタレーランを呼んだ。こいつは外交の天才だ。

「ムッシュ・タレーラン、話がある」

「何でしょう? 統領?」

「ヤード・ポンド(以下ヤー・ポン)法は悪い文明と思わないかね?」

「思いますよ。最低ですね。それが何か?」

 俺は部下やスタッフ達に、タレーランにはなるべくヤー・ポン計算をさせるようにという指示を出している。

 一々ヤー・ポン法で計算しなければいけないからイライラしているはずだ。


「ヤー・ポン法を滅ぼすには、大陸ヨーロッパがもう少し強くならなければならないのだ。それはそうと君はイギリスやアメリカに少しおもねり過ぎではないかね? 実はヤー・ポン法が好きだったりするのかね?」

「そんなことはありません! ……英米に甘く見えるのは気のせいでしょう」

「俺が負ければ、世界はヤー・ポン法が支配することになる。君にはもう少し考えてほしい」

「……承知しました」


 タレーランは少し大人しくなったようだ。


 続いてフーシェを呼んだ。こちらは警察の天才だ。

 フーシェにはより具体的な協力を頼むことにした。

「ムッシュ・フーシェ、ちょっと特殊なことをしたいので協力してもらいたいのだが」

「一体何でしょうか?」

「これを見たまえ」

 俺は天界からのコピーを見せた。

 すぐにフーシェの顔色が変わり、「これは!」と絶句する。

「もう少ししたら、この革命がヨーロッパに吹き荒れる」

「……お、恐ろしい……」

「我々はフランスをこの革命から守らなければならないが、この革命がどのように国を飲み込むか見てみたい。つまり、スペインやロシアで試したいのだ」

「危険です!」

「危険だが、やらなければならない。そのために各国の警察力の穴を教えてほしい」

 フーシェはしばらく考え込む。メリットとデメリットを天秤にかけているのだろう。

「余と貴君は共犯だ。揃って同じ秘密を共有しようじゃないか」

「……分かりました」

「……頼りにしているよ。同志フーシェ」


 こうして数年がかりで秘密裏に進めてきた作戦が、1804年、つまり俺がフランス皇帝になった年に炸裂する。


 近世のヨーロッパというものはつまり一つのヨーロッパだ。

 それぞれの国は婚姻体制でがんじがらめ。イギリスもドイツもロシアも、君主は親戚関係だ。

 だからこそ、彼らは身分体制を覆すフランス革命を恐れた。


 一方、フランスは革命理論をヨーロッパに広めようとしたが、浸透させきるには至らなかった。

 何故か。まずは体系や理論の不備。人権宣言は考え抜かれたものではあったが、「こうなるといいね」という話であって、どうして革命しなければならないのかという動機付けが弱かった。

 もう一つ、他ならぬ俺自身が一つのヨーロッパに組み込まれようとしてしまった点も問題だった。つまり、ジョゼフィーヌと離婚してオーストリア皇帝の妹マリー・ルイーズと再婚したことだ。

 

 これから50年後、革命理論を体系的にまとめようとした男が現れる。

 その男の理論は、西欧を覆すことはなかったが、ロシアや東欧は覆した。

 そう、カール・マルクスだ。


 俺は天界でコピーしてきた『共産党宣言』と『資本論』を何人かの弁の立つ者達に理解させ、海外に派遣した。

 フランス革命より、更に急進的、ブルジョワジーを許さないという思想をいきなり浴びせかけ、しっちゃかめっちゃかにする。

 フーシェの力を借りて相手の警察権力の動きを徹底的に読み、蜂起させる。

「ウィーンでマオ・ツォーシャー(毛沢西)が暴動を起こし、激しく暴れているということです!」

「スペインのチャ・エバラも革命運動を起こしました!」

「ロシアに派遣したサカモリ・トーゴーが遂に立ち上がり、(欧州)東北戦争を引き起こしました!」


 繰り返しになるが、フランス革命の時代、既に革命の素地は各地に築かれつつあった。ただ、その時代、理論体系が少なく、蜂起させることが難しかった。

 一方、マルクスの時代には、理論は芽生えつつあったが、革命政権が存在しないし、革命を体現できる英雄もいなかったから全方位で叩き潰された。


 では、フランスが革命政権である時代に、革命理論が普及したら?


 ヨーロッパ中の火薬が今、爆破した。

『燃えろよ、燃えろよ♪ 炎よ、燃えよ♪』

 と歌いたくなる状態だ。


 とはいえ、そのまま燃やし続けるのは、フランスにとっても良くない。

 ヨーロッパ全体での社会主義革命は行き過ぎだからな。

 そこでタレーランを派遣して、ノーブルやブルジョワジーと交渉する。

「おたくヤバイねぇ。このままだと社会主義だね、君達全員銃殺だよ」

「た、た、助けてくれ」

 フランスは亡命ブルジョワジーを受け入れて、大陸ヨーロッパ中の資本を集めた。


 数年が経った。

 ヨーロッパのほとんどの地域はブルジョワジーを追い払って、社会主義国となった。

 そうでないのは、フランスのみだ。

 フランス国内に関しては心配ない。

 警察力万全、外交力万全、資金も万全で、何より仕掛け人が俺だから国内での運動には容赦しない。

 社会主義国のボスなんていうのも結局カネが頼りだから、俺の言うことに従うしかない。だって、カネはほとんどフランスにあるんだから。

 イギリスも社会主義がドーバーを渡ってくるのは恐ろしい。

 だからフランスを防波堤として使うしかない。


 英仏同盟が締結される。


 フランスは、勝った。




"女神の総括"

『コピー代がすさまじいことになっていると思ったら……』

「資本論とか共産党宣言とかコピーしまくると高くなったが、それだけの結果は出たぞ」

『……いや、でも、これフランスの統制が狂ったら、フランスも赤化しない? あんたが勝った二回とも数年後に世界が大変なことになりそうなんだけど?』

「未来のことなんか知らん。とにかく勝利条件を達成することだけだ。というか、実際の政治家もそういう認識なんじゃないか? その面をクリアすればOK、実は次の面への引き継ぎがあるのだが、そんなことは知らんということで」

『ちなみにタレーランはメートル法を提唱した人物としても知られていて、ヤー・ポン法にはかなり悔しい思いをしていたはずです』

「ナポレオンがもっとメートル法に目を向けていれば、奴と決定的に敵対することはなかったろうになぁ」

『ホンマかいな』

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