第33話 ムラト4世に転生しました・後編

注意:今回も過激かつ暴力的な表現があります。


 俺は中東地域を完全に掌握し、今度は西に目を向けた。


 神聖ローマ帝国とドイツ諸侯は絶賛30年戦争中だ。イタリア、スペインもオランダとの80年戦争中でボロボロ。

 フランスとイングランドは平穏だが、両戦争に関与していて無傷というわけではない。


 つまり厄介なのはポーランド・リトアニアくらいだ。

 で、俺の前にはポーランドの名将スタニスワフ・コニェツポルスキが出て来ることになる。

 コイツはマジで強い。グスタフ・アドルフがコテンパンにやられたわけだからな。

 多分同時代で最強ではないだろうか。


 とりあえず連絡を取ってみる。

「イスラームに帰依しなくていいぞ。タバコのない世界を作ろう」


 返事が返ってきた。

「私はタバコを吸うわけではないが、吸う人間も最低限の権利は認められるべきだ。率直にオスマンのやり方はやり過ぎだと思う」


 話は決裂した。

 俺とこの男は天を共に戴くことはできないようだ。


 コニェツポルスキはとんでもなく強いが、弱点もある。

 息子がいなくて、非常に欲しがっているという話だ。

 タバコは吸わないが、そのために色々使ってハッスルしているという噂だ。


 トルコ産のキツイ強壮剤を裏ルートで送ってやろう。


 一年後、コニェツポルスキが心不全で急死したという報告が入ってきた。

 哀れな奴だ。俺と共にタバコのない世界を作るのならば息子を抱くことができたかもしれないのに。


 ポーランド軍に大勝して、ハンガリーからドイツになだれ込んだ。

 戦況は一変した。

 カトリック派も反カトリック派もドイツの現地から搾り取るだけ搾り取っている。

 つまり、ドイツには何も残っていない。

 そんな連中が使命に燃えるオスマン軍に勝てるはずがない。


 ドイツを数年間で支配すると、慌てたフランスとイングランドが同盟を結んでオスマンを敵視してきた。


 どうということはない。

 奴らは「キリスト教徒としてイスラームに抵抗せよ」などと叫んだが、俺のオスマンは宗教の垣根を取り払っている。


 タバコを所持、販売、吸引、接触した者は身分も宗教も問わず死刑、財産全没収。

 喫煙者を摘発、殺害した者は能力に応じて取り立てる。


 これによって、帝国臣民は神よりもタバコを嫌った。

 ただ、帝国臣民の中でタバコを吸う者は皆無になったので、タバコを殺してのし上がるチャンスは外にしかなくなった。結果、軍に入ることを希望する嫌煙家の聖戦士が増えた。

 真の理想郷とはまさにこのことだ。


 俺は意気揚々演説する。

「ドイツ人よ! イギリスやフランスはおまえ達が死ぬ思いで生きている間、呑気にタバコを吸ったり、コーヒーを飲んだりしていたのだ! 悔しくないのか!」

「悔しいです!」

「アッラーはタバコを認めていない! キリストはパンとワインを認めたが、タバコやコーヒーを認めていない! すなわち、タバコに死を! ジハードだ!」


「「「タバコに死を! ジハードだ!」」」


 俺達はドイツからフランスになだれ込んだ。

 ドイツから進撃した時のフランスは負ける運命だ。

 幸い、テュレンヌやら大コンデはまだ名声確立前、指揮官もそこまでじゃないのが幸いした。

 パリを占領して叫んだ。

「フランス人よ、イングランド人共は姑息にもアメリカ植民地で邪悪なタバコを作り、フランス人民の健康を害している。奴らこそまさに悪魔と言っていい!」

「許すまじ!」

「アッラーは……以下略」


「「「タバコに死を!! ジハードだ!」」」


 地中海を支配したオスマン艦隊を北に向かわせ、イングランドをぶちのめす。

 たったそれだけのことだ。


 だが、衝撃的な情報が伝わってくる。

「帝都にいる弟たちがタバコを吸っているだと!?」

 俺も即位時は若かったし、後継者もいないから、弟たちは残されていた。

 僅かに生き延びた愛煙家の奴らは、事もあろうにバヤジットとスレイマンに近づいていたらしい。俺がヨーロッパに侵攻していて、イスタンブールにいないのを幸いに広めていたようだ。


 まだまだ締め付けが甘かった。


 とにかく、俺は弟達を全員殺すことにした。

 だが、母のキョセムが「イブラヒムは精神疾患があって、タバコが良い悪いも分かっていないのです。彼だけは助けてください」と頼んできた。

 俺は徹底的に部屋を捜索させたが、タバコの類は見つからなかったらしいから、イブラヒムだけは殺さないことにした。


 畜生……、余計な時間を食ってしまった。

 それと弟を殺したということでストレスが溜まる。

 またワインに手が出てしまう。

「グッ!」

 俺は肝臓の痛みに倒れた。


「そんな飲んでいないはずなのだが……」

「いや、ヨーロッパでどこか占領する度に大宴会していたではないですか。ものすごい負担ですよ」

「そうか……」

「それより、イブラヒム様ですが、やはりタバコを吸っていたようです」

「何だと!?」

「中国から伝わった方式で吸っていたようで、最初の捜査では分かりませんでした」

「おのれぇぇぇ! 許さんぞ! イブラヒムも殺せ!」

「し、しかし、そうすると王族の血が断たれてしまうかも?」

「俺が死んだら、クリミア・ハンから誰か連れてこい! チンギス・ハーンの血筋なら問題ないだろう! タバコを吸うような奴は帝王にできん! グハッ!」

 俺は血を吐いて、意識を失った。



"女神の総括"

『最近、もうちょっとが続いているわね』

「……たまには完全勝利してぇ。しかし、弟達に裏切られるとは思ってもいなかった」

『人間、ダメって言われると手を出したくなるのかしらね?』

「オスマンの王子にもなると、やることなくて暇と金を持て余していそうだしな……」

『ムラト4世が長生きしていたら、どうなっていたか。面白そうなテーマだけど』

「おそらくポーランドが止めたんじゃないかな。40年後のウィーン包囲を止めたのもソビエスキだし、この時代のポーランドは強いから」

『ちなみに清朝のタバコについては「士拿乎」で検索してみるとよく分かると思いますが、洒落た小瓶の中に詰める嗅ぎ煙草だったようです』

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