第30話 ヴラド・ツェペシュに転生しました・後編
かくして、ヴラド追放連合軍がトゥルゴヴィシュテ(ワラキアの本拠地)に攻めよせてきた。その数は三万下らないだろう。よくこれだけ集めたものだ。
こちらは一万。
籠城戦だから、これだけの差があるなら辛うじて守り抜けるとは思うが、差があるだけに味方の裏切りが怖い。
ユーラシアでは、味方を無根拠に信用する奴は生きていけない。
根拠あって信用する奴でも裏切られる可能性があるのだから。
俺は奇襲を仕掛けるなどしたが、向こうも慣れているから対応してくる。史実でオスマン相手に華麗に決まったが、連合軍には不発だ。
思うような奇襲をできずにトゥルゴヴィシュテに籠城することになった。籠城自体は問題ないが、長引くようだと兵士達が不穏だ。クライオバ(ワラキア西部の街)に逃げる準備もした方がいいかもしれない。
だが、奴らは抜け道らしい抜け道を塞ぎ始めている。
ちくしょう。毎度毎度仲間内で戦い合っているから、大体の戦術が見透かされている。逃げ場所も封じられるとなるとヤバい。
このままでは、生き埋めにされてしまう。
そう覚悟した時、南に緑色の旗が見えた。
「おぉぉ! オスマンの援軍が来たぞ!」
正直、援軍を期待していなかっただけに、心底から喜ぶべきことだった。
「撃てー!」
戦場にメフメトの声が聞こえたような気がした。
強烈なロングレンジの大砲、ウルバン砲が火を噴いて、包囲軍を蹴散らしていく。
この大砲の攻撃は相当効いたようだ。包囲軍は青くなって逃げ始めた。
もちろん、逃がすつもりはない。
俺はトゥルゴヴィシュテから撃って出て、万単位で指揮官・兵士を捕虜とすることに成功した。
勝利した俺は、メフメト2世に挨拶に行った。
「スルタン、お助けいただき本当にありがとうございます」
「フン、貴様は本当に朕につくことを態度で示したからな。見捨てるわけにもいかんだろう」
「本当にありがとうございます」
「朕に対する謝礼はいい。ここからは態度で、この地方の主たることを証明してみせよ」
「態度で、証明?」
何のことかさっぱり分からないが、メフメトは視線を捕虜たちに向ける。
「おまえの父や兄も奴らに殺されたのだろう。やられたらやり返せ。いや、ただやり返すだけで済ませるな。三倍返しだ!」
「えぇぇぇ」
メフメトに煽りに煽られ、俺は同胞の捕虜一万名を串刺しの刑に処するしかなかった。
同胞を串刺しにしたことで、俺の道は完全に決まってしまったとも言えるだろう。
「うぉー! スルタンに逆らう奴は皆殺しだ!」
俺はしばしば、トランシルヴァニアやモルダヴィアに撃って出た。
俺のためではない。メフメト2世のイタリア攻撃をサポートするための役割だ。
バルカン地方はオスマンが狙う地域であり、諸侯が仲間割れする地域であり、同時に神聖ローマ帝国の裏庭的な場所でもある。
結局は神聖ローマ帝国が資金を回して、東欧は動いていた。しかし、その神聖ローマ帝国は表玄関たるイタリアをメフメト2世に攻められたため、東欧を支援する余裕がない。
「あいつはドラクル(ドラキュラ)だよ。近づいたらダメだよ」
同胞を串刺しにするという蛮行をやったことで、俺の悪名は東欧一帯に広がっていた。
神聖ローマ帝国の支援がなくなった状況で、俺に歯向かう奴もいなくなった。迂闊に刃向かって串刺しになりたくないだろうからな。
代わりに俺の東欧での評判は散々だ。「民族の裏切り者」、「人食い鬼」などとなり、「ドラキュラ」が可愛いくらいだ。
自国民からの冷たい視線を受けつつも、その悪行とオスマンの快進撃により、刃向かう奴はいない。そんな状況がメフメト2世の死まで続いた。
1481年、メフメト2世が死んだ。
その長男のバヤジットがバヤジット2世として即位したが、彼の弟のジェムが不服として反乱を起こした。
これは衆寡敵せず敗れたようだが、よりにもよってジェムがトゥルゴヴィシュテに逃げ込んできた。
「おまえ、何でイタリアに逃げないんだよ?」
そう叫びたいところだが、こいつが本来逃げ込むナポリはメフメトが陥落させていたんだった。だから、東欧で暴れ回っていた俺のところに来たんだな。
「ヴラドよ。余をオスマン皇帝とすることに手助けしてくれれば、おまえを全ルーマニアどころか、バルカンの王にしようと思う」
ジェムはそう言って俺を誘ってきたのだが。
冗談じゃねえよ。
故郷の人間に白眼視され、周囲から「悪魔」以上の呼ばわりされてオスマンにくっついてきたんだぜ。その正当後継者も裏切ったら、俺の人生何なんだよ。
「殿下、ご免!」
俺はちょっとだけ話を聞くフリをして、隙をついてジェムを捕まえてイスタンブルに送った。
哀れ、ジェムは絞殺されてしまったという。
「やっぱりヴラドは血も涙もないよ」
「自分を頼る奴すら平気で殺すんだね」
「俺は知っていたよ、あいつ、メフメトだけじゃなくバヤジットにも掘られているんだって。だから逆らえないんだよ」
「バルカンは火薬庫だ! 恐怖で凍えさせる奴なんて最低だ!」
知るか。
俺は1501年、メフメトに遅れること20年で天寿を全うした。
死後、墓を暴かれて首を刎ねられたらしいが、そこまで知ったことじゃない。
"女神の総括"
『本来なら、一部でルーマニアの英雄とも呼ばれるはずだったけど、物の見事に"ルーマニア最低の公"になっちゃったわね』
「やり遂げたことは凄いんだぞ! やり遂げたことは!」
『それは認めるけど、隣国に裏切ったまま生涯を終えてしまうと大変よねぇ』
「だったら、どうしろって言うんだよ!? オスマンに勝つ方法があるなら教えてくれよ! ルーマニア全土掌握しても勝てないのに、その3分の1しかないんだぞ? 神聖ローマの馬鹿皇帝もちっとは戦えよ!」
『今頃になってキレないでよ。まあ、ミハイ勇敢公(史実では最初にルーマニア統一を果たした人)に先駆けてルーマニア統一を果たせたのは良かったわね。現代教科書では見事に無視されて、ミハイ勇敢公が統一したことになっているままだけど』
「半分以上オスマンの力だろって、ことなんだろうけど、悲しいな。トホホ……」
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