第24話 燃えよ鎌倉④~北条政子に転生しました・中編


 頼朝様は石橋山での戦いに負けて、安房に落ち延びていきました。

 北条氏の中には真っ青になっている者も多いですが、私は𠮟咤します。

「頼朝様があのようなやつばらに討たれるはずがありません! 再起に備えて、準備をするのです!」

 私の叱咤は大いに効いたようです。

 北条氏がやる気を取り戻しました。


 果たして頼朝様は安房に向かい、千葉氏などの協力を受けて戻ってまいりました。分かっていることとはいえ、さすがに不在が続くと心細くなるものです。妹の時子ともども待つしかありません。

 そして、その日が来ました。

「頼朝様が戻られたぞ!」

 いよいよ来ました。

 ここから、ワタクシ源氏と北条のターンですわ!


 戻ってきた鎌倉一行は、早速次に向けての軍議です。


「これから西に進む。平家の軍もやってくるだろうが、できれば甲斐源氏ではなく、我々鎌倉の者が打ち破りたい」

 ここは補足が必要でしょうか。

 この時期、源氏の勢力も結構ありました。

 有名なのは木曽にいた義仲ですが、鎌倉の近くには武田家の先祖である甲斐源氏が存在しています。

 これらが源氏筆頭を目指してレースをしているのです。敵は平家だけではないということですね。

 最近の説では、富士川の戦いは甲斐源氏が勝利したというのが定着しつつあります。つまり、鎌倉は出遅れてしまったことになるわけです。

 最終的には武田にも木曽にも勝つので、あまり気にしなくてもいいのですが。


「兄上、私にお任せください!」

「うむ、九郎よ。おまえに総大将を任せた。見事、甲斐源氏の先を行ってくれ!」


 兄上?

 九郎……?


「頼朝様、あの者は?」

「ああ、あいつは我が弟の九郎義経だ。私の危地を知りかけつけてくれた頼もしい弟だ」

「義経?」

 何で義経がこんなに早く合流しているんですの?

 えっ、実は結構早くから合流していたのですか?


 一か月後、朗報がもたらされました。

「頼朝様! 我が軍は、富士川で平家軍を散々に打ち破りました!」

「おぉ、本当か? 武田信義ではなく、我が軍が打ち破ったのだな?」

「はい! 九郎様が『平家は東征で疲れ切っていて戦う力はない! 我武者羅に行くぞ!』とお味方を強行させ、武田軍の先を行きました!」

「おおお、さすがは九郎!」

 義経が大活躍して、鎌倉を勝利に導いたようです。


 ……何かが変ですわ。


「政子、一つ相談がある」

 その夜、頼朝様から相談をもちかけられました。

「おまえの妹の時子なのだが、三郎か九郎のどちらかに嫁がせたい。どちらがいいだろうか?」

「……!?」


 三郎というのは足利義兼あしかが よしかねのことです。

 源氏直系ですし、頼朝様とは母同士が姉妹。父系が同じで母系も母の父が同じ。競走馬で言うなら、ほぼ同じということになります。

 当然、一門衆代表として、頼朝様の代理的な立ち位置を占めるはずです。

 九郎は……もちろん義経ですわね。


 どういうことですの!?


 時子は足利義兼に嫁ぐことになっております。史実で義経の名前など上がったこともありませんわ。

「……血筋では三郎なのだ。九郎の母は何のよりどころもないし」

 この時代、母親の家柄はとても大きなものでした。母親があまり問われなくなったのは江戸時代後期以降、家斉が大量生産を始めたくらいからでしょう。

「ただ、九郎は忠節も活躍ぶりも群を抜いているのだ。これを無視することもできない」


 なのに、義経がそこに割って入ろうとしている!?

 これは由々しき事態ですわ!


「頼朝様、三郎殿は新田、山名といった面々とも交流があります。一方の九郎殿にはそうしたものが何もありません」

「うむ、そうだな……。確かに、九郎を三郎に優先させたら、新田や山名も面白くないだろう。分かった、時子は当初の予定通り三郎と娶わせよう」


 何ということでしょう!

 時代にバグが生じています!

 その元凶はただ一つ!


 義経ですわ!


 義経は、自分が本来ならどうなるかということを知ったに違いありません!

 それを避けるために、頼朝様に絶対服従の方針でいるのですわ!


 とはいえ、この時点で義経が敵対的な行動をとっているわけではありません。

 どれだけ不満でも、「義経を排除しよう」などとは言えない状況です。



 そんなこんなで三年ほど経ちました。


 治承八年(1184年)

 義経は、木曽義仲を討ち、一の谷で勝利しました。

 いよいよ、平家討伐も最終章という頃、義経から鎌倉に手紙が届きました。


「むむっ!?」

 頼朝様が手紙を見て、驚いています。

「そうか……、朝廷は九郎に検非違使けびいし職を与えようとしたのか」

「お引き受けになられたのですか?」

「いいや、『鎌倉殿の意向を確認しないといけませんので』と言って留保したらしい。その手紙を送ってきてくれたようだ」


 くっそ~!

 判官も断ろうとしているのですね、あの〇×※◆!


 頼朝様は義経に手紙を書いています。

『親愛なる弟、九郎よ。

 今回も大活躍だったようだね。九郎に任せておけば全てうまくいくと、常に思っているけれど、毎回京都からはそれ以上の活躍の話を聞かされていて、本当に頼もしく思っているよ。


 さて、任官の件だが、私に相談してくれたことを大変うれしく思う。


 信用するおまえにだけは本当のことを伝えようと思う。

 鎌倉は今後の構想もあって、しばらく朝廷と距離を置きたいと思っているのだ。

 だから、朝廷からの任官についても全て断りたいと思っている。

 これは私の下にいる者、全員だ。私も返上している。

 だから真に申し訳ないのだが、九郎にもこの任官話を断ってほしいと思っている。

 もちろん、このままにしておくつもりはない。いずれ「あの時、頼朝の言うことを聞いて良かった」と九郎が満足するような措置をとることを約束する。

 私を信じて、今回は従ってほしい。兄より』


 何と下手に出た手紙でしょう!


 危険です!

 義経は危険過ぎます!


 彼は鎌倉幕府を乗っ取る気でいます!


 いずれ、北条も敵に回すつもりですわ!




"女神の一言"

 尚、頼朝は弟に対しては、割と下手な手紙が多かったようで、今回の頼朝の手紙が特別弟に甘いわけではありません。

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