第13話 明智光秀に転生しました・結末
空気が悪い……。
おっと、俺の名前は奥洲天成。現在、明智光秀に転生している。
時は1582年3月。
織田家が頂点に向けて上り詰めている時期だが、家内の空気は悪い。最悪だ。
理由は信長の座右の銘「人生五十年」にある。
今、信長は49歳だ。彼は人生50年を節目と考えているようで、そこに向けて終活活動を行っている。
織田家に関しては、嫡子信忠への完全なる権限移譲を行う。
そのうえで、本人は織田家から解放されて好き勝手やる。
なれるものなら足利義満のように上皇にでもなりたいくらい考えているようだ。
信長が好き勝手やることに関しては、誰も文句がない。それだけのことをしてきた人だからな。
問題は、信忠への完全移譲だ。
柴田勝家は別として、俺も含めた部下の大半は「株式会社織田」に行きたかったわけではない。あくまで「信長社長の下でやりたい」から来たわけだ。
織田家はトヨタとか任天堂のような名門ではない。確かに今は強くなったが、成り上がりIT系のようなところだ。社長に何かあれば同業企業にすぐ乗っ取られかねない。
信長は何故かそこが分かっていない。
ひょっとしたら、分かっていて、関心がないだけかもしれないが。
信忠は無能というわけではないが、さすがに信長の跡を一人で担うには役不足だ。
武田征伐でも高遠城で仁科盛信相手にムキになって攻めまくって、向こうは全滅、こちらも少なくない被害を出すなど、若さを感じさせる話も多い。
早い話、信忠だと天下統一は難しい、と思う。
信忠周囲もそうした俺の考えには気づいているようだ。
いや、俺だけではない。羽柴や滝川、丹羽を取り巻く空気も悪い。
これは非常に不安だ。「こいつは信忠政権に従う気がない」と信長親子が考えれば、彼が50歳になるまでに追放されかねない。
佐久間信盛という好例もあるわけだし。
最近は秀吉や長秀と顔を合わせると「何とかならんかのー」とぼやきあう。「信忠、急死してくれんかなぁ(誰か暗殺してくれんかなぁ)」というようなものだ。
残念ながらそうならないことはよく分かっているが。
本能寺の変に様々な陰謀論があるが、あれは当たっていて外れていると言える。
この時期、皆、信長と信忠の死を望んでいた。
秀吉や家康には「このままだと俺達は消される」という危機感がある。
朝廷には「50を過ぎたら信長は本気で上皇位を要求してきかねない」という危機感がある。
足利義昭だけは昔の遺恨だったが。
つまり、誰かがいずれやるという状態なのだ。
今の俺達はババ抜きのババを押し付け合っている状態だ。
そして、ババは最終的に俺の下に回ってくる。
変の形は見えてきた。
ここからは生き延びる算段だ。
まず、やるかやらないかだが、これはやるしかない。
やらなかった場合に良くなる保証も安全だという保証も何もないからだ。
信長は半年後には信忠に本当に移譲する。それまでに俺達はお払い箱となる。その半年間で別の好機を見いだせるか。多分難しいだろう。
ただ、やった後の先も見えない。
みんな、「解放されたい」と望んでいる空気に満ち満ちている。
しかし、それは「解放されたい」というだけで解放された先のことは何も考えていない。誰をポスト信長にするかという発想はない。
大体、幹部クラスはお互いを同格と考えている。
光秀だろうと、秀吉だろうと、信長・信忠を倒して「よし、俺が一番」なんて言って認められるような空気にはならない。
もちろん、「俺がやります! 信長と信忠倒してみんなを自由にします! だからその後のことは俺に任せてください!」とあらかじめ根回しすれば話は変わるだろう。
しかし、これはあまりにリスクが大きい。
信長と信忠にバレれば、逆さ磔待ったなしだ。
困ったことに信忠も、そのあたりの情報網を駆使できるくらいには能力がある。
できることといえば潜在的な味方を増やすことくらいだ。
俺は武田攻めの後、信長にこう提案した。
「滝川一益殿は隠居したがっています。望みをかなえてあげてはいかがでしょうか?」
「このたーけが! 一益を引退させて誰が関東を睨むんかい?」
「徳川殿はいかがでしょうか?」
「この大たーけが! 家康を関東に派遣したら、奴を殺せんくなるだがや!」
ひでぇ……。
まあ、本能寺を攻撃する時、明智兵も「家康殺すんだね」と思っていたらしいが。
それでも俺が執拗に頼んだら、信長は一益の血縁者で前田利家の甥でもある前田利益を関東に置くことにしたらしい。前田慶次だ。
大抜擢だが、大丈夫なんだろうか?
マンガやゲームでは滅茶苦茶強いけど。
一益は故郷の伊勢に帰ることになった。「光秀、感謝するぞ」という手紙を送ってきたから、ひょっとしたら、一益が協力してくれるかもしれない。
俺が織田家に就職した際に隠居して、仏門に入った父にも話を通しておこう。
もしかしたら、「息子を死なせるわけにはいかん。謀叛の際にはわしが光秀となろう」とか言ってくれないだろうか。いや、言ってくれるんじゃないかなぁ。
もし、親父と再度入れ替わったら、俺は南光坊天海になろう。
そう思って、話をしたのだが。
「相分かった。おまえが死んだ後、明智の血を残すべく尽力しよう」
「えっ? でも、親父殿はもう結構な歳じゃないか?」
「安心しろ。毛利元就も七十過ぎて子をなした。わしはまだ六十七。余裕で残せる」
「いや、その……」
「それにだ、最近、夢でわしは1643年(天海の没年)まで生きるとか言われたんだ。まだまだ出来る」
人類の限界を超えているぞ……。
結局、親父は身代わりになってくれなかった。
そして、今、俺は愛宕山で願をかけている。
一益、俺に協力してくれよ、おまえだけが頼りだからな。
「敵は、本能寺にあり!」
"女神の総括"
『で、結局失敗したわけね』
「……隠居した一益くらいしか頼る相手がいない時点で無理ゲーだった。あいつは結局スズメ相手に遊んでいただけだったし。ただ、他に思いつく方法が何もねえ。完全に詰んでいる」
『もうちょい味方を増やせなかったの?』
「無理だ。信長と信忠に疑われる。磯野員昌や荒木村重のように徹底的に逃げるくらいしか思いつかん。織田家の急成長期に、世代交代を重ねるなんてことをやられたら、誰もついていけん」
『信長にとってみると、自分が完成させると自分の死後が不安になる。だから急成長が終わるまでに信忠家臣に功績をあげさせたい。うまいタイミングで世代交代を一気に図ろうとして失敗したわけね』
「当たり前だ。そんな虫のいい話があってたまるか」
『でも、結局織田家は秀吉に乗っ取られたわけだし、そのくらいしないと織田家が勝つ見込みはなかったのかもね』
「ガキの時から信忠に取り入って、信忠派にもなれば良かったのかもしれんが、それをすると信長に『わしではなく息子に取り入るとはいい度胸しとるにゃー』と文句言われそうだ」
『結局、どうあがいても運命には勝てないわけね』
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