第8話 アタワルパに転生しました・中編

 俺はインカ帝国の最後の皇帝(実質的な)アタワルパに転生をすることを決めた。


 言うまでもなく、これは厳しい道のりだ。

 まず、戦闘技術はスペインの方が圧倒的に上だ。銃や馬といったものは南米にはない。鎧など防具の差も大きい。

 加えて、この当時の南米にはヨーロッパ人のもつ天然痘などへの耐性がない。

 スペイン人は戦闘能力も馬鹿高いうえに生物兵器も兼ね備えているという、エイリアンのような存在といっていいだろう。


 更にまずいのは、皇帝権力が決して安定していないという点だ。

 アタワルパの最大の不運は、ワスカルとの権力争いだった。もっと言うと、国内にある二大拠点の有力者達の対立もあった。

 帝国の首都であるクスコと、北部のキトとの対立だ。


 こうしたドタバタの間に、ピサロにつけ入る隙を与えてしまい、元々不利な要素が一気に顕在化してしまった。


「早期に国内掌握ができるかがカギになるか」


 ただ、これは難しい。

 父帝存命時、俺はキトにいて、ワスカルはクスコにいる。

 先にも言った通り、二つの都市が派閥となってしまっている。これを一つにまとめるのは簡単なことではない。大帝国ゆえの問題と言えるだろう。


「うーむ」


 天界の資料をあたっているうちに、内戦を解決するのは中々難しいと思えてきた。史実のアタワルパは一回捕まってしまうという失態を演じたものの、そこから掌握にいたるまではかなりうまくやっている。


 では、どうすべきか。


「よし、転生しよう」

『えっ、もう解決したの?』

「立ち上がりの問題は解決できそうだ。その後の流れがどうなるかは分からない。やってみるしかないな」

『大丈夫なの? 前回はあれだけしっかり調査していたのに』

「前回は調査しても散々だった。つまり、変な知識で固めまくるよりは直感が大切になることもあるかもしれん。さあ、転生させてくれ」

『了解。頑張ってね』

 かくして、俺は16世紀前半のキトに転生した。


 1524年、インカ帝国が実質的に滅亡するまであと9年。


 20歳を超えたばかりの俺は、200人の部下を率いて、沿岸を歩いていた。

「皇子様、こんなところを警戒して、何になるんですか?」

 部下は不満を言っているが、俺はなだめたりすかしたりしてついてこさせる。

「……いた!」

 俺は思わず小躍りしたくなった。


 ピサロが最初に南米に来たのは1524年だ。

 そして、この時は前提知識もなかったので沿岸までたどり着いた後、補給物資などが途絶えてしまい、数十日も飢えをしのいでいたという。


 そして、これこそが最大のチャンスだ。

「よし、撃てぇ!」

「えぇっ!? 警告もなしに攻撃するんですか?」

 兵士達が驚いている。

 彼らの驚きは当然だ。国境侵犯だから即刻処刑など、文明国のやり方ではない。

 とはいえ、交渉の余地のある相手でない。しかも、疫病も持っているとなると、近づくわけにもいかない。


 遠くからさっさと弓矢で仕留めてしまうに限る。

 北センチネル作戦だ。


 そして、インカがスペインを凌駕している数少ない要素の中に化学物質の知識がある。麻酔や幻覚剤の使用に秀でていたのだ。

 当然、毒物の知識もその中に含まれる。かすったら死ぬであろう猛毒の矢を一斉に打ちかけた。


「うわっ! な、何をするのだ!?」

「撃て! 撃て! 撃て!」

 俺の指示を受け、兵士達が矢の雨を降らせる。


 戦いは二十分で終わった。

 ピサロ達は全滅した。




"女神の一言"

 北センチネルというのは、インド洋に浮かぶ北センチネル島のことです。

 ここの島民は外部との交流の一切を拒んでいて、極めて攻撃的、近づいただけで射殺されたというケースが多々あります。

 島民たちと接触することで互いに伝染病などを移してしまう危険性ことも相まって(医療技術の低い北センチネルには致命的となりかねない)、インドをはじめとした周辺国も敢えて交流することをせず、彼らの自主に任せています。

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