第6話 楊貴妃に転生しました・後編

 かくして、ワタクシは玄宗皇帝に見初められ、貴妃の称号をいただきました。

「ライチ! ライチがもっと欲しいですわ!」

「いいねぇ。貴妃の豪快な食べっぷりを見ていると、私も元気になってくるよ」

 年老いた陛下は、ワタクシの食いっぷりに大いに勇気をもち、再び頑張る活力を得たようです。


 ここまではめでたしですが、人が権力を得ると近寄ってくるものがおります。

「玉環よ。俺達にもいい目を見させてくれよ」

 と、近寄ってきたのは又従弟の楊釗よう しょうでした。

 正史ならワタクシはこの男を陛下に推薦します。その結果、楊国忠よう こくちゅうなんていう大層な名前に変更して、好き放題やり、その結果安史の乱が発生し、ワタクシの破滅へと繋がることになります。


 ですので、「あいつは調子いいだけでたいしたことはありません。端金を渡して追放がベストです」と進言しました。


 その通りに進みましたが、楊釗はウザいことこのうえない男でした。

「楊貴妃なる女は、国民を餓えさせて自分だけが満腹している! 肥満は自己管理の無さによるもの! 国民の上にあんな肥満児が立っていいのだろうか!」

 などと反乱を起こしてしまいました。


 カッチーン!


 こともあろうに、ワタクシのことを肥満などと!

 許せませんわ!

 無慈悲な粉砕を!

 容赦ない処罰を!

 この世の誰も経験したことがないような恐怖を与えてやりますわ!


 陛下に頼んで、安禄山あん ろくざんに出撃してもらいました。

 安禄山というのは全盛期の小錦こにしきを思わせる大男です。

 ちょっとでも横にいなされたらもうダメそうに見えますが。

「おぉ!」

 何ということでしょう! 一度踊りだすと、信じられないようなキレキレの動きをするではありませんか! 象のような強力な靭帯をもっているに違いありません。

 ワタクシ、惚れ惚れとしてしまいました。


 安禄山は楊釗をひっ捕まえて、そのまま凌遅刑に処してくれました。

 ワタクシを馬鹿にした報いですわ。


 陛下とワタクシは安禄山を重用しました。史思明し しめいも含めて外国人が多くなったので不満もあがりましたが、なまじ同じ漢人だと「我々も同じ待遇を受ける権利がある」などと増長する可能性があります。

 外国人なら金だけ渡せばいいので、楽なものですわ。


 これで安泰と思っていたのですが、何ということでしょう!

 安禄山は糖尿病で失明してしまい、息子の安慶緒あん けいちょに暗殺されてしまいました。


 糖尿病!


 恐ろしい病ですわ。

 万一、ワタクシが失明してしまえば、ワタクシを逆恨みする者共によって殺されてしまうことは火を見るより明らかです。

 何とかしなければ……、糖尿病にはインスリン。

 そう、インスリンですわ!


 そんな時、華陀かだという医師が現れました。

 この男はもっと昔にいたと思ったのですが、本人曰く、代々その名前を継いでいるのだとかで。

「生きた人間の膵臓からインスリンを取り出せばいいのです」

「なるほど。では、後宮に入る女性を集めて、摘出しましょう」


 かくして、ワタクシの下には毎日インスリンが届けられるようになりました。


 これで安泰と思っていたのですが、後宮に入れた女性の中に有力者の娘もいたようです。

 そいつらが、事もあろうにワタクシのせいで娘が死んだと怒って反乱を起こしてしまいました。

「陛下! 鎮圧いたしましょう!」

 と言いましたが、安禄山もいないし、漢人達もそっぽを向いてしまっておりました。


 そして……。

「貴妃よ、多くの者がそなたの死を願っておる。朕はもうそなたを守ることができぬ」

「そ、そんな! 国民の母たるワタクシがどうして死ななければならないのですか! お考え直しください、陛下!」

 弁明は通らず、ワタクシは史実通り、縊死する羽目になってしまいました……



"女神の総括"

『あんたねぇ……』

「一体何故、このようなことに……」

『まさかバートリー・エルジェーベトのように生き、エレナ・チャウシェスクのように死んでいくとは思いもよらなかったわ……』

「女神様、もう一度チャンスを! 今度は反乱を起こしそうな者も根絶やしにして必ずや生を全うしてみせますわ! 痛い! 痛いですわ!」

『ちょっとは反省しなさい!』

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