第5話 楊貴妃に転生しました・中編

作者注:この話には若干、個人の属性などを揶揄する話が入っています。


 かくして、ワタクシは楊玉環よう ぎょくかんとして転生しました。


女神注:楊貴妃の貴妃は称号で、本名は玉環。


 父は下級役人でしたが、早くに死に、姉たちと共に親戚に引き取られることになったのですが……


「なぁ、妻よ」

「何ですか? 旦那様」


 ある日、親戚夫婦が話をしているのを盗み聞きしてしまいました。


「末っ子の玉環のことだ。美人だがもうちょっと痩せられないかな?」

「貴方、ああいうむちむちと健康的な子は痩せてしまうと良さがなくなります」

「もちろんそれは分かっているが、それにしても限度というものが……」

「玉環はあれで歌舞もこなせる動けるデブですから、何の心配もございません」

「そうかねぇ。なら、おまえの見立てを信じよう。金家の正音君もかなり肥えているが、彼とは合うかな」

「貴方は男の好みを理解しておりません。男は自分にないものを女に求めるのです。大抵においてデブは折れそうなくらい細い子を、ひょろっとしたのはデブを好むものですわ」

「ひょろっとした貴公子か……。となると、皇帝の御子相手にワンチャンあるかもしれないということだな」


 楊貴妃の前半生には謎も多いようですが、どうやらワタクシの生来の能力が皇室向きではないかと判断されたようですわね。

 ちょっと評価に不本意な響きもありますが、細かいことを気にしていては負け。

 大きく構えましょう。


 そうこうしているうちに、ワタクシの地元益州に玄宗皇帝の十八男・李瑁りぼうが入ってきました。

 ワタクシは、この寿王となった李瑁の妃候補となったのです。

 寿王・李瑁は玄宗の最愛(今までは)の存在・武恵妃ぶけいひの息子であり、母親と宰相の李林甫り りんぽが組んで、皇太子擁立運動を行い始めました。

「僕のママは凄いんだ。玉環ちゃんも僕に従っていたら、皇后にしてあげるからね」

 李瑁はこう言って、ワタクシを誘いますが、何となく信用できない男です。

 歴史を知っていることもありますが、この男とはあまり深く関わらない方が良さそうです。


 皇太子運動は陰謀となり、ワタクシも事件に巻き込まれることになりました。

 ある日、寿王の宮廷を歩いていると。

「ハッ! 何奴!? ひえっ!」

 ワタクシは突然、布を頭からかぶせられました。腕に二人ほどしがみついてきて、何かを刺されたような感覚があります。

「この!」

 ワタクシが思い切り腕を振ると、「うわぁ!」、「ぎゃあ!」という悲鳴があがり身軽になりました。しかし、その瞬間左腕の方にチクリと何かが刺さったような感覚が。

「こ、高力士こう りきし様! ダメです! 脂肪が厚すぎて注射針が届きません!」

 うん? 高力士?

 高力士というと、玄宗の側近ですわね。

 彼が出向いてきたということは、ワタクシに危害を加えるつもりはなさそうです。

「やむを得ない。麻酔を嗅がせて失神させよう」

 続いて刺激臭がしました。

 意識が薄れていきます。

「高力士様! 重すぎて担げません! 転がして行ってもいいでしょうか?」

「馬鹿者! 陛下のお召しになる女性を転がすなどもってのほかだ!」

 意識を失いそうになるさなか、またしても不本意な言葉が聞こえてきました。


 しばらくして目を覚ますと、豪奢な車の中におりました。

 そこに高力士がおります。

「ご無礼を働き申し訳ございませんでした。貴方様にはこれより長安の皇帝陛下の下に行っていただきます」

「陛下の下ですか?」

「はい」

 高力士はそう言って事情を説明しはじめました。

 玄宗は武恵妃を愛していましたが、二年前に亡くなってしまいました。

 以降、落胆著しく、うつ状態になってしまったそうです。

「……そこで武恵妃と似たような女性を入れるしかなくなり、調査していましたところ貴女様こそふさわしいと思いました」

 高力士は玄宗一筋ン十年の猛者。玄宗の好みを知り尽くしています。

「貴女様は武恵妃すら超える、まさに横綱級の美女でございます。どうか長安までお越しいただきたく」

「ですが、ワタクシは寿王の妃です。その父たる陛下に仕えるのは倫理的にいかがなものかと」

「それは問題ありません。前例もございますし、手を打ってあります」

「そういうことならば」

 かくして、ワタクシは長安へと向かうこととなりました。


 ここまではワタクシの知る通りなのですが、何故か賞賛の言葉に馬鹿にされているような響きを感じてしまうのは、ワタクシの心が狭いからなのでしょうか。




"女神の一言"

 唐代はふくよかな女性が求められていたとされていて、楊貴妃もかなり体格は良かったようです。

 尚、当然ですが、『横綱級の美女』というのは作中のノリで、この時代の表現ではありません。

 あと、金家の正音もおりませんし、血管注射で麻酔をするなんてこともありませんでした。

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