第63話 無敗の魔術師

 俺の名前は奥洲天成。

 俺は『銀河英雄伝説』の大ファンだ。

 もし、死んで異世界に転生できるなら、絶対に「不敗の魔術師ヤン・ウェンリー」の下で働きたいと思っている。俺がついていれば、帝国にだって負けない!


 数年経ち、俺は死んだ。

「女神様! 俺を『不敗の魔術師』の部下として転生させてくれ!」

『ちょ、ちょっと人の裾にしがみつかないでよ!』

「『不敗の魔術師』! 『不敗の魔術師』!」

『わ、分かった。分かったわよ! 『不敗の魔術師』の部下にすればいいのね? あれ、無敗? どっちだっけ……』


 かくして、俺は転生した。

 のだが。


「……女神の大ウソつきめぇ!」

 砂漠に俺の叫び声が響き渡る。

 あの馬鹿女神が何かを間違えたのは一目瞭然だ。

 ここはどう見てもアフリカだし、何より俺自身が上半身裸の黒人だ。明らかに中世以前の恰好をしている。

 黒人が自由惑星同盟にいたとしても不思議はないが、中世の格好はしていないだろう。

「どうした? テンセー」

 と、上から呼び止められた。

 振り返ると、大柄な黒人が輿に乗って運ばれていた。

 見るからに偉い人だというのは分かるが、誰なのかさっぱり分からない。

 のだが、勝手に言葉が口をついて出てきた。

「偉大なる皇帝スンニ・アリ様、しばし川を眺めておりました」


 スンニ・アリ?

 確か15世紀にアフリカにあったソンガイ帝国の皇帝だっけ?

 全盛期の皇帝で、戦争には一度も負けたことがないとか。

 そういえば、アフリカでは強い人物を魔術師とか呪術師とか呼んだりしていたな。元サッカー日本代表監督のフィリップ・トルシエもその昔「白い呪術師」と呼ばれていたらしいし。

 そういえば女神の奴、不敗か無敗か混乱していたから、無敗の魔術師ということでスンニ・アリの部下になったわけか。

 話が違うようで、違わないのか。

 だから仕方ないと納得できるかというと、全く納得できない、が。


 ともあれ、俺は無敗の魔術師スンニ・アリの下で働くことになった。

 数百人の兵士を連れて相手の機先を制したり、奇襲をかけたりする役目だ。

 機先を制するとか奇襲をかけるというと魔術師らしいが、そんなに奇抜なことではない。

 スンニ・アリは交易を重視していて、船団の質をあげて、速度も運搬力も高いを用意している。それでニジェール川を素早く移動して、敵より早く陣地に到達しているだけということだ。殊更優れた戦才があるとは言えない。

 当たり前の戦力差を活かして、当たり前のように勝つ。

 どっちかというと、不敗の魔術師ではなく、そのライバルの方が近いな。


 数年が経ち、領域が更に広がった。

「テンセイよ、おまえにイスラーム地域の支配を任せる」

 魔術師というあたりから分かるように、スンニ・アリの支配は土着宗教によるものであった。イスラームの面々にとっては面白くないはずだ。

「ははっ。イスラームの連中をどうすればいいのでしょうか?」

「イスラームのことは好きではないが、さりとて弾圧するようなことをしてはならん。邪魔をしないのなら、信仰については認めるとよい」

「ははーっ」

 ということで、皇帝の支配期間、宗教トラブルもなかった。

 これは不敗が克服できなかったところだ。

 無敗は凄かった。



"女神の一言"

 無敗の魔術師と呼ばれていたわけではありませんけどね。

 ただ、無敗かつ、魔術師と呼ばれていたことは間違いないですので、多少こじつけ気味に作ってみました。


 長年にわたって負けがない人というのは、根本的に機動力やら兵站部分で勝っているというケースが多いようには思いますね。

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