第59話 異世界の老人?

 俺の名前はテンセイ。どこにでもいる普通の若者だ。

 就職難のこの時代、取り残された俺はひもじい生活を送っていた。

 そんな俺は、ある日後頭部に激しい衝撃を受けて、意識を失った。


『ホホホ、テンセイよ。お前は人生をやり直したいか?』

 気が付くと、洞窟のような場所にいた。

 目の前には仙人のような白い髭を長く伸ばした老人が座っている。

「や、やり直したい」

 俺が答えると、何やら煙のようなものに包まれた。

 とても甘美な感覚を覚え、俺は意識を失った。


 再び気が付いた時、俺は金銀や宝石をちりばめた部屋の中にいた。

「テンセイ様、おはようございます」

 愛らしい声が聞こえて、振り返るとゴージャスかつビューリホーな女性が三人入ってきた。

「き、君達は?」

「はい。偉大なる勇者テンセイ様のお付きの三姉妹でございます」

「勇者?」

「はい。テンセイ様は転生して勇者となったのです」

 と、娘達がステータス表を見せてくれた。


テンセイ

ランク:SS HP:9999 力:99 知性:99 その他ほぼ99

スキル:強そうなのが色々


 すげぇ。

 これが俺の力。

「私達と協力して世界を救いましょう! その先は……分かりますね?」

 美女がウィンクする。

 おぉ、やってやるぜ! 世界を救って三姉妹とハーレムだ!


 また、煙がたちこめてくる。

 俺は甘美な感覚に陥り、そのまま意識を失った。



「ハッ!?」

 気づいた時、俺は元の洞窟の中にいた。

「どうしたのだ?」

 目の前に老人がいた。

「あれ? 美人の三姉妹は? 財宝の部屋は?」

「ホホホ、一瞬だけ天上の国を見てきたようだな」

「天上の国?」

「そうだ。真なる勇者が行くことができると言われている場所じゃ。おまえが真の勇者ならな」

「何を言うんだ? 俺は真の勇者だ。あの三人とキャッキャウフフして過ごすんだ」

「ならば、勇者であることを示すがいい。この男を殺すのだ。そうすれば神はおまえを勇者と認めるだろう」

 そう言って、老人はある男の絵を俺に見せた。


 一か月後。

「うおー! くたばれ、ニザームル・ムルク!」

 俺はセルジューク朝の宰相ニザームル・ムルクが油断した隙をついて、奴をぶっ殺した。

「痴れ者め! 出会え! 出会え!」

 もっとも、俺もただではおかない。宰相の警護隊達が一斉に斬りかかってくる。

 俺は斬られて意識を失いがてら、思った。

 これで天上の国に行ける、あの三姉妹に会える……



"女神の一言"

 って、今回出番なしじゃないの。

 悲惨な異世界転生の話ではありません。

 中世、イランのアラムートにあったと言われる"暗殺者教団"の伝説ですね。


 不遇な若者を捕まえてきて、大麻などの麻薬で意識を奪った後、美女や豪華な宮殿のような場所で過ごさせて、しばらく快楽を享受させてからまた麻薬をかがせて、元の場所に戻す。「美女と宮殿で暮らしたいなら、政敵を暗殺しろ」というわけですね。その指導者が『山の老人』と呼ばれた存在であったとマルコ・ポーロが書いています。


 異世界に転生したと思った貴方、最初から待遇が良すぎる場合には後々特攻隊で使われる可能性も考慮した方がいいですよ(笑

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