第57話 奴隷の悲劇

 俺の名前は奥洲天成。

 俺は甘い物が好きで、結果、重度の糖尿病にかかり死んでしまった。

 ちくしょう、砂糖なんてものがなければ長生きできたのに。


「俺が早死にを余儀なくされたのは、奴隷制のせいだ。奴隷制がなければ、中米で砂糖のプランテーションが発展することなく、今の世界にこんなに砂糖が広がることがなかったはずだ」

『……何かアメリカのトンデモ訴訟のような議論ねぇ。あと、死んでから私に文句を言われても困るんだけど?』

「北中米の奴隷制度は歴史上最低の制度だ。転生したら、これを撲滅してやる」

『そんなことができるの? でも、とりあえずもっと酷い制度もあるから、そっちを体験してきたら?』

「馬鹿な! これより酷い制度などあるはずがない。残虐な王や皇帝が個人として酷かったということはあるかもしれないが」

『まあ、論より証拠。行ってらっしゃーい』


 ということで、女神に送られたのはエジプトだった。

「おい、テンセー。もうすぐ奴隷たちが来るよ」

 俺に呼びかけたのは、奴隷の監督者で貴族のゴクアク・ヒドイヨーである。とにかく肥満体の男だ。よくもまあこれだけ太れるものだ。何を食えばこうなるのか。

 というか、奴隷だと?

 女神の奴、奴隷制より酷い制度があると言いながら、奴隷の話のするところに送り込むとはどういう了見なんだ。

『だから、北中米の奴隷じゃないって言ったでしょ』

 うぉっ!?

 ツッコミが返ってきてビビった。

 ……なるほど、ここは中東だから、中東の奴隷という範疇になる。女神はそう解釈したわけか。

 しかし、船の中に押し込められて劣悪な衛生環境だった奴隷船よりも、砂漠超えの方が酷いのか?


 昼過ぎにやってきた。

 うぉぉ、全員がボロボロの状態だ。というか、奴隷船では一応食事があっただろうが、こっちは食事すらないような形で運ばれてきている。

「何だ、たったの四人しかおらんではないか」

 ゴクアクが怒っている。先頭にいた者が頭を下げた。

「申し訳ございません。30人で出発したのですが」

 30人が4人!?

 こんなひどいことがあるんだな。

「ったく、仕方がない。ほらほら、奴隷共、早く宿舎へ行かんか」

 ゴクアク・ヒドイヨーが鞭を振るっている。

 と、奴隷の一人が鎖を引きちぎった!?

 恐らく、汗なりおしっこなりをしみこませて錆びさせていたのだろうか。

「貴様の身体に、血は流れているのかー!?」

 と、熱い言葉とともにゴクアクに飛び掛かったが、悲しいかな、長旅で疲弊しきった奴隷には力が残されていない。

 ゴクアクの鞭の一撃で、奴隷は地に倒れ伏した。

「ワハハハハ! ワシの血は、おまえら奴隷の血とは違うのだ! ワシの血はな、貴様ら下等人間とは違う! 甘いんだよ!」

 ……うん、血が甘い?


 俺はそれからしばらく、ゴクアクのご機嫌取りに努めた。

「ゴクアク様、美味しい砂糖菓子でございます」

「うむ。愛い奴じゃ。おまえもわしの偉大さが分かってきたようだな」

「それはもう。お代わりもございますので」

「うむうむ」

 喜びながら食うゴクアク。


 数日後。

「テンセー! テンセーはおらぬか!?」

「どうしました?」

「目が、目がかすれてほとんど見えんのだ!」

「ほ~」

「何とかしてくれ、テンセー」

「そいつは無理だろうね。あんたは重度の糖尿病だ。もう助からんだろうね」

「な、何だと? テンセー、貴様?」

「そうでなくてもたらふく食っているうえに砂糖菓子をあれだけ食えばもう助からんさ。ハハハハハ!」


 俺はゴクアク・ヒドイヨーの死後、奴隷を監督し、生涯を楽しく過ごしたのだった。



"女神の一言"

 北中米の奴隷は奴隷船で送られまして、この人数が1000~2000万人と言われています。死亡率も諸説ありますが概ね10%超くらいだったようです。

 一方、砂漠超えの中東への奴隷運搬は80%前後の死亡率だったそうで、それで2000万人の奴隷が送られていたと言いますから、死者の数を考えるだけでも恐ろしくなってきます。


 ちなみに本編中の血が甘いという表現がありますが、糖尿病で血が甘くなるということはさすがにないようです。

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