第55話 中世過激なファン

 俺の名前は奥洲天成。

 ブエノスアイレスでアルゼンチン代表のサッカー・ワールドカップ優勝の熱狂に居合わせた俺は、「おまえ、メッシに抱き着いてこい!」と祝賀パレードのバスめがけて突き落とされ……

 空振りして敢え無い最期を遂げた。


「●×▼■! とんでもねぇ奴らだ!」

『災難だったわねぇ……』

「こういうのって現代ならではだよなぁ。歴史だとこういうことはまずなかった」

『そんなことはないわよ。もっと酷いことが日常茶飯事だったんだから』

「そんな馬鹿な。中世ではそもそもサッカーなんてないぞ。作者の別作品でサッカーの起源とか説明しているが、中世の話ではなかったぞ」

『珍しく別作品の宣伝ね。でも、そんなものじゃないのよ。論より証拠、行ってきなさい』


 かくして、俺はコンスタンティノープルに転生した。

 従妹のイクコと日々の生活を送っている。

「テンセー兄ちゃん。今日は戦車競技を見に行こうよ」

「戦車競技か……」

 みんなが見に行っているっていうしな。一度、見に行ってみるか。


 ということで、俺は戦車競技を見に行くことにしたのだが、行ってみると、何やら物々しい。というか、誰か処刑されようとしているじゃないか。

「この二人は、応援団長であることをカサに来て、多くの者に暴行を加えた。だから処刑する!」

 応援団長が偉そうにして死刑になる?

 応援団長が偉そうなのは高校や大学スポーツなんかではありがちだが、死刑になるというのは余程のことなんだろうな。


 と、周囲のファンが文句を言い始めた。

 こいつらにとっては、応援団長は自分達のボスだから許せないということなのだろうか。

「皇帝を倒せ!」

 おん? 何かとんでもないことを言い出した奴がいるぞ。

「そうだ! 勝利をニカ!」

 ファンが一斉になだれこんだ。ファンの暴動だ。

 なるほど、暴動はいつの時代も変わりがないらしい。皆、思い思いに暴れだしている。

 面倒なことになったなぁ。

「テンセー兄ちゃん、あたし達も戦うよ!」

 何でだよ、俺は帰りたいよ。


 ……一週間が経った。

 信じられないことに、俺達はまだスタジアムに籠城している。

 むしろ参加者は増える一方だ。

 現代日本では考えられない光景だ。仮に政府が野球やサッカーを全面禁止してもここまで酷いことにはならないだろう。

「皇帝は宮殿でビビッているというぜ」

「もうすぐ退位するだろう。そうすれば俺達の勝ちだ」

「俺達は強いぞ。十連覇二十連覇だってできるんだ」

 確かに皇帝ユスティニアヌスはビビっているという話を聞く。退位して次の皇帝が立てば、俺達は不問に処せられるというわけだ。

 すげえな。競技場から起きた反乱が政権をひっくり返すのか。


 ……そうはいかなかった。

 皇妃テオドラが「逃げるくらいなら皇后衣装で死んだ方がマシです」と宣言したのをきっかけに、皇帝も「フーリガンに負けた皇帝は情けないよね」と思い返したらしい。

 側近のベリサリウスに手勢を率いさせて雪崩れ込んできた。ベリサリウスというと世界史でも五本の指に入る名将だ。いかにフーリガン軍団に数がいようと相手にならない。

「あたし達、負けたの……?」

 そうみたいだな。

「でも、首領達は逃がさないと。テンセー兄ちゃん、彼らの代わりに処刑されて!」


 何ー!?

 おまえ、親族を犯人として突き出すってどういう了見しているんだ!?


"女神の一言"

 ニカの乱については政治的な事件であったという説も有力ですが、競技場から起きた反乱として非常に有名ではありますね。

 それ以外にも、剣闘士にもファンがいたりして、負けたりすると卒倒する婦人方もいたりしたのだとか。


 競技云々を別としても、群集心理が発生しやすいのでしょうし、何かのきっかけがあれば大暴れするということはありうるのかもしれませんし、軽率な行為を起こしやすい環境があるとも言えそうです。

 時代を問わない真理なのでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る