第52話 村の裁判
俺の名前は奥洲天成。
俺は『逆転裁判』の大ファンだ。あの「異議あり!」と叫ぶシーンとかたまらないよな。
『……トラックにはねられて、死ぬ寸前まで「異議あり」って言っていたみたいだけど、飛び出した方にも責任あると思うわよ』
「あんなところで死ぬなんて、異議がありまくりだ。転生先では弁護士になりたい」
『弁護士の空きはあるけれど、キケロにでも転生する?』
「異議あり。あいつに限らず、ローマやギリシアの弁護士は異議が長編小説並に長くなる。そんな面倒な仕事は嫌だ。キケロは最後悲惨な死に方するし」
『弁護士ってそんなものなんじゃないの? コピー代だけでン十万かかるとかとにかく地道な作業よ』
「……くっ」
『……裁判官だったらちょうどいいのがあるわよ?』
「異議あり。俺は大岡越前とか
『そんな立派な裁判官じゃないわ。中世ヨーロッパの村の裁判官よ。日頃は農民やっていて、何かある時、裁判するって感じ』
「ほう」
そいつは面白そうだ。
『農民裁判官テンセーの事件簿』みたいな感じで売れるんじゃないだろうか?
ということで、俺は村の責任者的ポジションの農民として転生した。
「テンセーさん、裁判を頼みますよ」
「おっしゃ。どんな事件だ? 殺しか? 盗みか?」
「ジョナサンところのドニアが村の規定より沢山エール(ビールの一種)を作ったんだ」
「な、何?」
密造酒か、と思ったらそんなたいしたものでもなく、作った後の残りかすで薄いエールを作って、廉価で販売したらしい。
と思ったら、結構この手の事件があるようで、村の事件簿を見ると半分以上が密造の罪だった。で、判決は罰金ばかりである。しかも低額だ。
「もう少し重くした方が、作る奴がいなくなるんじゃないか?」
「……テンセーさんよ、残りかすで薄いエールを作るのはみんなやっているんだから、そんなことできるわけないだろ」
赤信号、みんなで渡れば怖くないと来たものだ。
まあ、安い酒を巡る攻防は、現代日本でもあるわけだからな。息の長い話ということだろう。
翌日、また、事件が発生した。
「ジェーンとマイクが喧嘩して、マイクが『ジェーンは●×▼■だ』と叫んだらしい。名誉を傷つけたということで訴えている」
「……はあ」
すんげー馬鹿馬鹿しい事件という気がしたが、昔は名誉を傷つけられて決闘していたくらいだから、重要なんだろう。
現代日本でも誹謗中傷とか多いが、侮辱罪どうこうというより、代理システムも含めた決闘規定でも設けた方がいいのかもしれん。
ともあれ、裁判だ。
「調べてみると、どうもマイクが言ったことは本当のようだ。これは罰金だね」
「ただ、マイクは貧乏だから払えないだろう。罰金五ペンス、ただし払えないので猶予、とするしかないね」
「……それだったら裁判する意味なくね?」
"女神の一言"
現在でも簡易裁判所などはかなり簡単に終わらせることがありますが、専門的な行政機構のない中世ではもっとおおらかなものでした。村の因習みたいなものが大切なのは洋の東西を問いませんので、判例は大切なもので、拘束するのも面倒なので罰金刑で支払猶予なんていうのも結構あったといいます。
だから、前話の医師テンセーのような専門的知識を披露しても誰も理解できないという問題があったわけですけれどね。
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