第51話 再び中世の医師

 俺の名前は奥洲天成。

 第34話、36話で不慮の死を遂げた医師の俺は、女神に土下座をした。

「あんな変な奴(ジル・ド・レ)が絡まなければ、俺はできる医師なんだ。もう一度だけチャンスをくれ!」

『仕方ないわねぇ』


 かくして、俺は再度中世の医師に転生することができた。

 今度は、よしよし、ドイツだな。中世の名だたる殺人鬼などと絡むことはないよな?


 俺は自分の経験もあるし、余命宣告もされて以降は癌の書籍を沢山読んだ。医師の経験はないが、ある程度の活躍はできるはずだ。少なくとも「瀉血! 瀉血!」ということでただでさえ体力の弱っているがん患者の体力を削ぐような真似はしない。

 さあ、癌よ! 俺はおまえを倒すために戻ってきた。

 I shall return!

 というやつだ。


「お医者さん、大変です! 息子が熱を!」

「うーん、これは単純に風邪ですね。美味しいご飯を食べて寝ていれば治りますよ」

「肩が痛いんじゃ」

「これは脱臼じゃないですか? こうやって入れれば治りますよ」


 一か月が過ぎたが、近隣で癌などにかかっていそうな者は一人もいない。

 軽い病気や負傷を直していて、それでまあまあ評判になったのは有難いが、俺が一番相対したい奴らがいないのは残念だ。


「先生、近くで不審死がありました。調べてもらいたいって衛兵が来ています」

 ……まあまあ評判が上がってきて、それでも難病の治療は全く来ない。代わりにやってきたのは不審死の調査だ。

 まあ、現代日本でも検視体制が不十分ゆえに不審死の相当部分が自殺で片付けられているともいう。殺人被害者の声なき声を聴き遂げるのも癌治療と同じくらい重要かもしれないな。


 事件は若い娘が死んでいたということで、一見すると自殺ではないかということだった。

 むぅ、遺体を見るというのは精神的に来るものがあるな。

 ハッ! これは!

「見たまえ、ワトソン君。喉のこの部分の骨が折れているということは絞殺ではなく、扼殺だ」

「何が違うんですかな? テンセー?」

「扼殺は指をかけて締めない限り起きない。つまり、これは殺人だよ。彼女の消息が知れなくなる直前の状況を調べればすぐに分かるはずだ」

「なるほど!」

 これで事件は解決だ。

 このシャーロック・テンセーの手にかかれば、この程度の事件など。


 数日後。

「待ってくれ! 俺は無実だ!」



『何で、あんたが処刑されたの?』

「娘が殺人であると宣言するのは、殺したから言えるんだろうという難癖をつけられた。恐らく、犯人は村娘をかどわかしていた有力者で、色々調べられるのが面倒だと思ったんだろう」

『なるほどねぇ。これに懲りたら医師なんてならないことね。じゃ、次の転生先は息子に妻を寝取られるブ男ということで』

「ち、ちょっと待った」

『何よ? 変えないわよ』

「……俺が診た中に癌患者がいなかったのは何故だろう?」

『平均寿命が短いから、癌になる前にみんな死んでいたんじゃないかしら?』



"女神の一言"

 ということで、現代以前でも、長生きした人の中には癌が死因らしき人もいるわけですが、そこまで生きているケースが圧倒的に少なかったから、当時は別の病気と考えられていた人も多かったようです。

 今後、人間の平均寿命が延びた場合にも、まだ見ぬ病気が立ちはだかるということはあるかもしれませんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る