第50話 階級と言語

 俺の名前は奥洲天成。


『パンパカパーン! 転生五十回目、おめでとうございます!』

 トラックに撥ねられて死んだと思いきや、いきなり女神がクラッカーを鳴らして祝福してきた。

 はっきり言っていいか?

 めちゃむかつく。


『……まあ、続き物もありますし、うち一回は従妹でしたけれどね』

 この駄女神は何を言っているんだ?

『とりあえず、転生先の希望はありますか?』

 転生先の希望だと……?

「どこかの領主になって、内政経営をしたい」

『おぉっ! 最近ネタ切れでしたが、節目の回数で原点回帰の内政ものに戻るわけね。了解! 行ってらっしゃーい!』


 かくして、俺はイタリアの領主に転向した。

 イタリアはローマ帝国の時には中心だったが、既にその頃から消費の中心地となっていた。つまり、属領がなければどうにもならなかったということだ。

 これではいけない。

 俺は内需を高めようと思った。もちろん、それで全てを賄えるわけではないが、やらないよりはマシだろう。


「ということで、穀物などを積極的に作っていきたいと考えている」

「……えーっ、穀物っすか? そんな地味なものは属州ガリアに作らせておきましょうよ」

 属州ガリアっていつの話やねん。

「イタリアのような高貴かつ狭いところで穀物なんか、植える時点で負けっすよ」

 狭いのは認めるが、高貴なのか?

 せいぜいローマ法王がいるくらいではないか。

 他所で大きな王国が出来ようという時代でも尚、この地には群雄割拠というか、ノルマン人のような一世代前の連中がいたわけだからな。


 ともあれ、俺は時間をかけて諸侯達の了解は得た。

「仕方ないっすね。領主様がそこまで言うなら、一応認めるっす。ただ、面倒くさいので現地の連中の説得はやってください」

 言われるまでもない。

 こいつらに現地住民の説得を任せておいては終わるものも終わらない。直接交渉して、新しいことを理解してもらうのは内政モノの醍醐味だ。

 俺は現地住民の代表者数人を呼び出した。

「……ということで、穀物を植えてもらいたい」

 俺が丁寧に説明するが、連中は全く分かったそぶりがない。

「※Λφ、*$#&」

「おい、何を言っているんだ? 真面目にイタリア語で話せ」

「領主様、彼らはイタリア語を話していますよ。トスカナ語ですけど」

「何? なら、何で分からない?」

「領主様がラテン語で話をしているからです」

 えっ、そうなの?

「というより、テンセー様がラテン語とフランス語以外の言葉を使ったのを見たことがありません」

「……」


 翌日から、俺はトスカナ語の勉強を始めた。

 領民との意思疎通への道は、思ったよりも険しい。


"女神の一言"

 中世は中央集権ができていない時代ですので、それぞれの地域の言葉がそのまま残っている状況でした。ルネサンス以降、知識人階級はラテン語を使うようになりましたが、その他については同じ国の中でも地域によってまちまちでした。


 ドイツや北欧の国王や貴族には「十何か国語を操ることができた」という人達がいますが、とてつもなく頭が良かったというよりも、少なくとも数か国語くらいは分からないと領地支配に支障をきたしたのではないかと思われます。


 ちなみに、フランス語しかできないテンセー領主はイタリア支配に苦労していますが、逆に18世紀後半のロシアは、国王周辺はフランス語が普通でした。

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