第49話 あるモンゴル人の相続

 俺の名前は奥洲天成。

 俺は今度は現世で保険金を掛けられて殺されてしまった。

 相続なんてロクなことはない。もうコリゴリだ。相続の無い世界に行きたい。


『生物は遺伝子を繋いでいく以上、それは無理じゃないですかねぇ』

「ならば石ころとか剣になりたい。剣になるラノベとか見たことあるぞ」

『うーん、それが剣になりたい人も結構多いのよね。肉とか内臓をグチャアッて潰すのを身近で体験するわけで、いいことないと思うんだけどねぇ』

「剣はやめておく……」

『ということで、今度は有名人に転生させてあげるわ』


 女神が選んだのは、中国・金代の官僚耶律楚材だった。

 とは言っても、金はもうこの頃にはモンゴルにやられてメタメタ。

 俺も捕まって、チンギス・ハーンの下に送られた。

「おまえは中々見どころがある。余のカウンセラーとなるがいい」

 何だかよく分からないが、チンギス・ハーンに評価されて仕えることとなった。


 程なくして、俺はチンギス・ハーンから相続の相談を持ち掛けられた。

「モンゴルでは、中国と逆で末子が相続する。末子のトゥルイのいい相談役になってくれ」

「ははーっ」

 要はあれだ。

 モンゴルだと、成長した息子は自立して自分の領土を確立していくものだ。だから、父親のものを相続するのは末子ということになっている。もっとも、土地の概念が希薄だから主として家畜や動産に限られているんだけどな。

「ただ、余は全モンゴルの指導者となってしまったが、息子の代でそれが続くかは難しい」

「そうですねぇ。その立場まで相続させてしまうと、兄からしてみると、何で弟に従うことになるんだとなりそうですよね」

 これは難しい話である。

 某北斗神拳でもそうだったが、末子を伝承者とするのは中々難しい。

 もっとも、長男のトキ……じゃなくてジョチに関しては「あいつの父親はチンギス・ハーンではない」疑惑があるので辞退するだろう。

 次男のラオウ……ではなくてチャガタイは、自己主張の強い奴だが、強すぎて敵も多い。あれも積極的には乗ってこないんじゃないかな。

 三男のジャギ……じゃなくて、オゴデイは酒が好きなだけのボンクラだから、特に好かれても嫌われてもいないが、地味だからこれも何とかなるんじゃないかねぇ。

 となると、末子のケンシロウ……じゃなくてトゥルイに十分目があるのではないだろうか。


 あ、ちなみに息子はもっといるけれど、正室ボルテの息子であるこの四人のみに権利がある。モンゴルは何故かヨーロッパ並みに嫁の家を重視するからな。側室の子供なんてそこらのアリと同じだ。


 時は流れ、チンギス・ハーンは死んだ。

 悲しみの中、俺は新しいハーンを選ぶために皆を集めるため、まずはトゥルイ様の許可を貰いに行くことにした。

 そこで、俺は恐るべきものを見た!


「トゥルイ様~、今度のクリルタイ……ハッ?」

 奥から宴会の声が聞こえてきた。はて、宴会をするなんて話はなかったはずだが。

 首を傾げつつ近づくと、オゴデイとトゥルイが酒を酌み交わしている。

「ぷは~、うまい。トゥルイよ。返杯だ」

「これはどうも……ゴクゴク……ゲホッ!」

 何ということだ!

 トゥルイ様が突然血を吐いて突っ伏してしまった。

「ハハハ、ワハハハハ! 見たか! 兄より優れた弟は存在しないのだ!」

 な、何て奴だ。毒に頼るなんて最低だ。

 そもそも、おまえだってジョチやチャガタイから見れば弟だろうが。

「……そこにいるのは誰だ!?」

 しまった! 見つかった!

「貴様は、耶律楚材か……。まさかとは思うが……」

「オー、ワタシ、ナニモミテイマセン」

 俺は弁明したが、オゴデイは疑念一杯の視線を向けてくる。

「ワタシ、ミマシタ。呪イノ毒杯ヲ、とぅるい様ガおごでい様ノ身代ワリトナッテ飲ンダ様ヲ。美シイ兄弟愛ニナミダシマシタ」

「……」

「……」

「よし、そういうことにしよう。素材よ、分かっているだろうな?」

「ハイ、ワタシ、ミナニ説明シマス」

 オゴデイの名官僚耶律楚材が誕生した瞬間だった。



"女神の一言"

 オゴデイによる謀殺説は少数説ですが、一応は存在しています。


 モンゴル本来の相続は、多分世界でもここだけ? という末子相続ですが、一方でチンギス・ハーンが全モンゴルの支配者となったことでトップはクリルタイで決めるという二重構造が生まれてしまいました。

 同じようなややこしい構造は四代目のモンケ・ハーンが死んだ後、クビライとアリクブガの際にも発生します。


 ま、今回の話を見ても分かるように、長子だろうと末子だろうと、もめた場合は結局、力こそ正義になってしまうんですけどね。

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