第36話 権力者には逆らえない

※34話の続きです。


 大変なことになってしまった。

 中世フランスに医師として転生した俺はなし崩し的にジル・ド・レの診察をするべく、ナントまで連れられていくこととなってしまった。


 馬車の中で、俺はひたすら外の景色を見ている。

 やべぇよ。こいつ、数十人とも数百人とも言われている人間を殺したって話の男だぞ。そんな奴とこの狭い空間で二人きりなんて、気が狂いそうだ。

「あぁ、気が狂いそうだ!」

「ひぃっ!」

 俺が思ったことと同じことを言うんじゃねえ!

 心臓が止まるかと思ったぞ!

「おまえと同じ空間にいると気が狂いそうだ! あぁ、その首を絞めて、おまえの目が絶望に染まり息絶える瞬間を見たい! 腹を切り裂いたらどれだけ楽しいだろう!」

「楽しくないよ! 俺なんか殺しても面白くないよ!」

 ハッ、思わず地が出てしまった。

 というか、地が出ざるを得ん状況だろ、これ。

 そんなに女子から愛された覚えもないのに、何でピンポイントで殺人鬼に気に入られないといけないんだよ。

 いや、気に入った気に入らない関係なく、全員にやっているのかもしれないが。

 とにかく、このままでは惨殺路線まっしぐらだ。いくらオムニバス形式とはいえ、殺人鬼に惨殺エンドは酷すぎる。

 何とかしなければ。


 まず思いついたのは、殺人などやめましょうということだが、これは正直無理だろう。この当時は貴族と平民との間には天地ほどの差がある。「平民なんかいくら殺しても平気ではないか」くらい思っていそうだ。

「神の教えに背きますよ」方面に持っていくことはできるが、これも難しいかもしれない。何といっても、尊重していたジャンヌ・ダルクを火刑に処されてしまったということがあるからな。こいつはジャンヌを聖女と信じていたぽいので、「神は何故ジャンヌを裏切ったのだ」くらい思っていそうだ。

「神が俺を裏切ったから、俺も神の道を外れてもいいのだ」という中世無敵の人理論だ。太刀打ちできない。


 次に思いつく方法は、俺が医師としてこいつの精神を良くするということだが、そんなことは不可能だと断言できる。だって、現代だって無理なわけだからな。俺はFBIのプロファイリング専門家でもないから、殺人鬼のデータも持っていないから治療法など分かるはずがない。


 となると、こいつに取り入って、代わりの犠牲者を見つけてくるしかないということか……。

 自分がイジメられたくないから、代わりを見繕って一緒にイジメるという人間として最低の路線だ。

 惨殺エンドよりはマシだが、これをやってしまうと死んだ後に女神にこっぴどく怒られるかもしれない。怒られるだけならいいが、「おまえのようなクズはゴキブリに転生しなさい! ゴキブリ!? ヒィィ! 殺虫剤はどこ!」とか言われてしまうかもしれない。


 ……やっぱり、協力路線も無しだな。

 となると、最後の選択肢は諦める。人生は甘くないということになるのか……。

 それは嫌だ……。


 ん? 何か掴んだぞ。

 これは何だ、薬のようだ。何で俺が薬を持っているんだ?

 ……って、これはモルヒネ!?

 もしかして、俺が前世で鎮痛剤として使っていたものをまだ持っていたということなのか?


 待てよ。

 これを使えばもしかしたら……


 一年後。



『……で、領主をモルヒネ中毒にしてしまって、散々買い漁らせて破産させてしまった挙句、その共犯者として火刑にされてしまったってわけね。悪徳医師らしい最期ねぇ』

「……仕方なかったんだ。殺人鬼の快楽込みで殺されるくらいなら、火刑で死ぬ方がまだ良かったんだ」

『天成は聖職者だし、当時色々権力争いも起きていたし、全力でアピールすれば何とかなったんじゃないの?』

「あのジル・ド・レを前にして、冷静になれるわけないだろ! 神様だからって、好き勝手言うんじゃねえよ!」

 と叫んだ時、俺は愕然となった。

 そうだ、ジル・ド・レに女神を馬鹿にさせて、女神に処分させればよかったんだ!

『……何かろくでもないこと考えていそうだし、次は植物プランクトンに転生ね』

「ひえー!」




"女神の一言"

 バートリー・エリザーベトやイヴァン雷帝も有名ですが、権力者が変な方向に走ってしまうと本当に大変です。

 もっとも、近現代の独裁者も権力保持のためにドンドン強権化して酷刑が増えているケースもありますから、中世だけの話ではないのかもしれませんね。

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