第35話 ブランデンブルクの奇跡
俺の名前は奥洲天成。
俺は日本人傭兵として各地を転生していたが、仲間の裏切りによって戦死した。
『ふーん、傭兵ってことは戦闘好きなのねぇ』
「ああ、俺の人生は硝煙と血の臭いに彩られている。この服も返り血で黒ずんでいる」
『えぇぇぇっ!? それ隠密用じゃなくて、返り血!? 気持ち悪い! あんたなんか、生まれ変わっても傭兵やるべきよ!』
と叫んで逃げていった。
それはあまりにも酷いんじゃないかと思ったが、ともあれ俺は転生したようだ。
転生先の俺は……ロシア帝国に所属する傭兵だった。
ロシアの傭兵なんてロクなものじゃないと思うかもしれないが、まあ、傭兵なんてどこも同じだ。
戦いがあれば赴き、血と硝煙とともに生活する。土の臭いに包まれることも少なくはないな。
そう。戦いこそが俺の生き甲斐……。
そう思っていたのだが。
女帝エリザヴェータはオーストリア、フランスと組んでプロイセンと戦争することになった。有名な七年戦争だ。
これは本当に辛いものだった。
そうでなくてもロシアは遠い。今でも遠いのに、18世紀だと車がないから常時徒歩だ。その距離1500キロを優に超える。
戦場まで半年以上かけて歩いていくんだぜ、信じられないだろ?
それだけ歩くと当然粗悪な靴がダメになる。
新しい靴?
現代だって提供がないんだぜ。18世紀に期待できるはずないだろう。
しかもポーランドとか泥濘に満ちたところだ。何とか補強して歩くが、浸み込んでくる水が不快なことこの上ない。向かうだけで同僚がバタバタと倒れていく。体調が悪くなるから病気にもかかるわでもう散々だ。
それでも、ドイツに着いてみたら、プロイセンは瀕死の状態だ。
国王フリードリヒ2世が銃弾を胸に受けたがタバコの箱があったから助かったなんていうこともあったらしい。
とはいえ、俺達は着いただけでもう燃え尽きている。俺達の遠征というものはオリンピックと同じで参加できただけでいいのだ。もう、心の中で金メダルをもらったような気分だ。アベベは42.195キロを裸足で走って金メダルを得た。
裸足で1000キロ歩いた俺達はスーパー金メダルを貰ってしかるべきではないか?
だから、プロイセンとの戦いは、瀕死のプロイセンと、瀕死のロシア、どちらがよりダメかという戦いになった。ただ、物資が少しでもあるのならプロイセン軍が勝つのは当たり前だ。
俺達は常に物資がないから半分死んでいるからな。
そして、靴がないのだから。
それでも、俺達はオーストリア軍と組んで、クーネルスドルフで戦闘をし、プロイセン軍を撃破した。
撃破したとはいっても、多大な損害を出した。
そうでなくてもロクな物資もないし、厳しいのにこれだけ戦傷者を出したら戦うつもりにもならない。
オーストリア軍は追撃したいようだが、俺達ロシア軍は断固として拒否した。
指揮官も女帝エリザヴェータに手紙を書いた。
『勝ったけど多大な損害を出しました。もう一回戦闘したら、もう報告する者もいなくなって、私一人でサンクトペテルブルクに帰ることになるでしょう』
とにかくな、靴が欲しいんだ。
靴をくれ! 靴を!
俺達がサボタージュしている頃、フリードリヒ2世は僅か三千の兵しかいなかったらしい。だから、「次の攻撃を受けたら戦死する。さようなら」という手紙を弟や有力者に出していたらしい。
でも、俺達が断固攻撃を拒否したから、フリードリヒは生き延びた。奴は「ブランデンブルクで奇跡が起きた」と次の手紙に書いたらしい。
それがどうした、俺達は靴がないんだ。
その後、俺達は何やかんやとオーストリアに宥められてドイツに滞在していたが、女帝エリザヴェータが病死して、フリードリヒ2世を信奉するピョートル3世が即位して勝手にプロイセンと停戦して、世界を驚かせた。
それもあってピョートル3世はすぐにクーデターを起こされ、妻のエカチェリーナ2世に取って代わられた。
ただ、皇帝が誰だろうと関係ない。俺達はもう絶対に戦いたくはない。
ということで、結局、俺達は撤退した。
そして、相変わらず靴はない。
フリードリヒは狂喜したらしい。
まあ、正直、俺達が残っていたとして、まともな戦いができたのかは疑わしいが、大々的に撤退したことでオーストリアもフランスも落胆したようで、結局停戦となった。ブランデンブルクでまたも奇跡が起きたと言われているらしい。
中世の傭兵になる奴に伝えておく。
替えの靴はしっかり用意しておけ。
武器や食い物は歩ければ何とかなる。
歩けなければ話にならない。
"女神の一言"
実際に靴がなくて悩まされた逸話は、フランス革命時のフランス軍の話だったのですが、ロシアにしてもそんなに変わりはないだろうと思います。
半年以上かけて歩いて戦場に向かうだけでも、もうやる気がなくなりそうですが、ロシア軍はこの50年後にも同じくらい遠いアウステルリッツ方面まで向かうことになります。
ちなみに、かのアドルフ・ヒトラーが最後の最後までベルリンで粘っていたのは、この僥倖の再現を期待していたというような話もあるようで、フリードリヒ2世の
でも、当時のロシア軍は当時よりは移動の負担が少なかったはずですし、多分靴ももう少しまともだったでしょう。
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