第34話 中世の医師

 俺の名前は奥洲天成。

 齢67にして癌によって死ぬこととなってしまった。

 悔やまれるのは最初にかかった医師が「単なる炎症ですね」と言ったのを真に受けてしまったことだ。検査で見落としがあるということは良く聞いていたが、付き合いのある医師の言い分をそのまま信じてしまってセカンドオピニオンをしなかった。

 医師を恨みたいとは思わないが、惰性で付き合う医師であってはならない、と強く思ったものだ。


「ということで、医者として転生したいのだが……」

『医者ですか……』

 女神は難色を示している。

「何だ、俺が中世の医者となった途端、『これは血が悪い! 瀉血だ! 血を抜けば全て解決するのだ!』というとでも思うのか?」

『そういうわけではないのですが、女神調査で中世の医師の94.6%はやぶ医者なのですけれど』

 え、えらい具体的だな……。

 まあ、俺も下情報としては知っている。中世は統計的な医学知識がなかったからてんでばらばらだったし、医学部に通って勉強できるものもほんの一握り。

 つまり、ほとんどの医者は自称医者の我流診療をしていたのだろうからな。

『そのうえ、当時は麻酔技術が不十分だったし』

 おっと、そうだった。

 中世は麻酔がなかった。

 いや、なかったというと語弊がある。十分な麻酔がなかった。

 太陽王として知られるルイ14世は甘い物好きで、そのため歯がほとんど虫歯になってしまったと言うが、無理矢理引っこ抜いていたという。

 ルイ14世ですらそのレベルだから、諸侯や平民の治療は推して知るべきだ。

『テンセーさんが医師として転生しても、ロクなことにならない気がします。多分ビシッと秘孔を突いて、う~ん? 間違ったかなぁ? と』

 どこのアミバやねん、それは。


『もう一回ナイチンゲールの従者として下積みを積んだうえで、中世に転生した方がいいんじゃないかしら?』

 女神が提案を出してきた。

 ううむ、ナイチンゲールの下働きをもう一回か。

 ただ、ナイチンゲールの下で働くのは大変だ(第9話参照)。俺としてはそれは避けたい。

「大丈夫だ。俺を信じろ」

『文学部卒業の医師を信じるのはかなり無理な相談だと思うんだけど……』

 テレビ鑑賞しか興味がないくせに偉そうなことを言いやがる。

「俺が失敗したとしても、そいつらを転生させれば済むじゃないか」

『そういう発想でガンガン殺してきそうな気がするから怖いのよ。数話前の魔界四天王側転生なんてこともあったし……』

「だ、大丈夫だ。あんなことは、もう二度とない」

『うーん……』

 女神はまだ迷っている。

 こうなったら、奥の手を使うしかない。

「女神先生……、女神先生!」

『な、何よ?』

「医療が……したいです……」

『し、仕方ないわねぇ……』

 やった! 前から漫画やアニメの名シーンっぽいのをやれば引っかかると思っていたんだ!


 こうして、類例になく長い前振りの末、俺は医師として転生できることになった。



「テンセー、テンセー」

「はっ!?」

 俺が目覚めると、目の前には優しそうな神父がいた。

「疲れているようですね? テンセー」

「す、すみません」

「構いませんよ。いつも大変なことを任せてしまって、テンセーには申し訳ないと思っています」

「そ、そうですか?」

「苦しむ人達のために、本日も頼みますよ?」

「分かりました!」

 威勢よく答える俺だが、具体的に何をしていいのかは分からない。


 とりあえずミサが始まるようだ。

 ゾロゾロと村人が入ってくる。

「テンセー様、本日もお願いします」

 幼児を抱いた婦人が俺に頭を下げる。

「はい。よろしくお願いします」

 俺も合わせて挨拶をすると、彼女が子供を渡してきた。ちょっと様子を見ると、どうも障害がありそうな様子だ。

「どうしたのです? 早く治療のために柱にくくりつけてください」

 俺がまごまごしていると司祭が声をかけてくる。

 柱にくくりつける?


 そうか!

 中世では、脳に障害があったりして、暴れたり落ち着かない面々を治療のためにミサに強制参加させることがあったんだ! 「神聖なる儀式に参加していればそのうち治るだろう」という適当な見通しの下で。

 当然、大人しくしているわけがないから、柱にしばりつけて無理矢理参加させることになる。

 そんなので治れば苦労はしないのだが、悪いことに司祭も親も善意でやっているから断るわけにもいかない。他の方法を提案できるわけでもないし。


 ということで、その日参加する障碍者数名を柱にくくりつける。泣き喚く者もいるがお構いなしだ。

 これは疲れるわけだわ。肉体的にも、精神的にも。


 ミサが終わり、俺は休憩室で横になっていた。

「テンセー、別の患者が来ています」

「えっ、まだミサをやるんですか?」

「そうではなくて、個別的な相談です」

「ほう」

 個別的な相談。

 何だか不安だが、医師になりたいと言ってなった以上、断るわけにもいかないので別室に向かった。


 そこにいたのは、長身で髭が青っぽく、目が死んでいる男だった。

「どうかしましたか?」

「最近、頭痛がして仕方がないのだ」

「頭痛ですか? 思い当たる原因はありませんか?」

「原因は分からないが、ジャンヌが火刑に処せられて以降ずっとだ」

「……ジャンヌ?」

「頭痛がして、こんな声が聞こえてくるのだ。『壊せ、壊せ、殺せ、殺せ』と」

「……」

 こいつ、もしかして……。

「どうすればいいだろう? 誰かを殺したくてたまらないのだ。できればナントにある私の屋敷まで来てもらって、相談したいのだ」

「い、いや、それは……」

「金ならある。どうか私を助けてくれ」

 大変なことになってきた。

 俺の医師人生、終わりってことっすか?


"女神の一言"

 というより、人生そのものが終わってしまうかも。


 医療という点に関しては、大体本文通りですね。

 触れなかったこととしては、ハンセン病を見るのも大変だったようです。

 日本でも長いこと問題になっていましたが、それはヨーロッパでも変わるところがなく、差別的な扱いを受けていました。


 伝染病が広がると感染の恐れもありましたし、医師も簡単ではなかったでしょうね。

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