第30話 中世のけ者譚②

※28話の続きです。


「待てー!」

 俺は負け犬太郎を必死に追うが、あの野郎、ニートのくせに足が速い。

「げっ!」

 まずい! 奴の走る先に修道院がある。そこに飛びこまれて人質でも取られようものなら面倒くさいことになる。

「待てー!」

 再度叫ぶが、奴の目にも映ったようだ。

「俺を排斥する社会の奴らは皆殺しだー!」

 奇声をあげながら敷地に踏み込んで行った。


 ちくしょう! 間に合わない!

 惨劇を予想し、俺は思わず目を瞑る。

 その瞬間、妙な音とともに「ギエー!」という悲鳴があがった。

 見ると、負け犬太郎の足にウサギをとるための罠が絡んでいる。

「くそっ! 何だ、これは!」

 と、負け犬太郎は罠を外そうとしているが、そこに石が飛んできた。

「な、何しやがんだ! 酷いじゃねえか!」

 いや、自分、今まで何をしようとしていたよ?

 俺は醒めた目で眺めつつも、一体誰が石を投げたか確認した。


「あれー、ウサギがかかったのかと思ったら、汚い何かがかかってる」

 近くに住む少年たちが楽しそうに笑いながら、負け犬太郎を指さしていた。

「一体、どこの余所者なんだろうね?」

 そんなことを話しながら、子供達は次々に石を投げていく。

 古代イスラエルやらイスラム世界では石投げ刑は極刑だ。

 ヨーロッパではそんなことはないが、とにかく言葉の響き以上に恐ろしい刑罰である。

 であるのだが、子供達は無邪気で残酷だ。容赦なく石を投げつけていく。

「た、助けてくれ……」

 二、三分もしないうちに見るも無残な姿になった負け犬太郎が俺に助けを求めて来る。


「えー、テンセーさん。まさかそんな奴、助けたりしないよね?」

「テンセーさん、こんな奴の侵入を許しちゃってダメだよねー」

「す、すまん……」

 子供の口から、「あの衛兵、不審者を町に入れてしまった」などと親に語られると俺の肩身が狭くなる。

「大丈夫だよ。汚物は僕達が消毒しておくから」

「ねえねえ、ちょっと解体してみない?」

 子供達がヒカリモノを取り出した。

「さすがにそれはやりすぎじゃないか?」

「平気だよ。ウサギの解体はもう飽きたじゃん」

 そう。以前、ネコの話でも触れたように、中世は娯楽が少ない。人の公開処刑も見せしめだったし、私刑もそうなのだ。

 町の人間でもない不法侵入者。

 煮ようが焼こうが文句を言われる筋合いはない。


 考えてみると、前世の俺は生まれる場所を間違えてしまったのかもしれない。ああいう面々が幅を利かせられる時代に生まれてしまった、という意味では。

 そして、のけ者にされたと痛感していたらしい負け犬太郎は、実は素晴らしい時代に生まれていたのかもしれない。


 後ろに断末魔の叫びを聞きながら、俺はそんなことを思った。



"神の一言"

 人権などというものは、中世には存在していないに等しい。

 余所者に余裕などを与えていては自分達がやられるだけ。先手必勝でやるしかない世界だった。


 もっとも、法規で保証されていたとしても人種、宗教の差異などで過剰防衛に出るケースは普通にあったわけで……。

 まあ、故郷で過ごすのが一番だったということになるのだろうな。

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