第28話 中世のけ者譚

 俺の名前は奥洲天成。

 俺の人生は、ある日の夜、駅の中で唐突に終わりを告げた。

「こんな世の中生きていてもつまらねえんだよ!」

 いきなりプラットホームでナイフを抜いて暴れだす男がいた。酒に酔っているという風ではない。完全に目がイってしまっている。

「おい、何をしているんだ! こんなところで、うわー!」



『……で、社会に恨みを持つ男と共にホームに転落して、二人揃って撥ねられてしまったというわけか……』

「俺は何も悪くないのに、酷すぎる!」

「いーや! お前も悪い!」

 何と、目の前に先ほどまでもみ合いになっていた男がいるではないか。

「てめえ! さっきはよくもやってくれたな!」

 俺はカッとなって殴りかかろうとしたが。

『天界でのもめごとは勘弁してくれ』

 天使達が大量に割って入って、俺達は切り離される。

「俺は社会からつまはじき者にされたんだ! お前個人には恨みはないが、お前だって社会の一員だろ! だから、俺に対する加害者だ!」

「訳分かんねえこと言ってんじゃねーよ!」

 天使達を引きずり、再度ファイトしようとする俺達に神がキレてしまった。

『あー! そこまでやりたいなら、続きは中世でやってくれ!』


 続きは中世でやってくれ。

 何だかすごい言葉だ。


 俺は、ヨーロッパのとある小さな都市の衛兵として転生した。

 特に楽しい生活というわけではない。朝の5時に起きて、準備をして門まで出かけて開門。そのまま夕方近くまでいて、閉門して帰るという生活だ。

『テンセー、楽しんでいるか?』

 おっと、神の奴が学者に扮してここまでやってきたぞ。

「楽しくはないが、前世もサラリーマンだったし、そんなに変わらないかなぁ……」

『そうか。負け犬太郎も転生しているから気をつけろよ』

「負け犬太郎?」

 って、あの社会に恨みを持っている奴か?

 ウーン、俺にとっては最低でとんでもない奴ではあったが、あんたは神様なんだから、そういう奴にも愛をもって応えるべきなんじゃないのか。

『違う。槇犬太郎まきいぬ たろうだ。そういう名前の男だ。まあ、負け犬太郎の方が覚えやすいがな』

 だから、あんたは神様なんだから……


 しかし、あいつも転生しているとなると、ちょっと困るな。


 そんなこんなで数日が過ぎた。

 最初は緊張していたが、空疎な一日が続くと段々警戒心も抜けてくる。

 しかも、この街の近郊で反乱が起きたなんていう知らせが舞い込んできた。

 反乱か……。

 負け犬太郎は社会に恨みを抱いていたというから、ひょっとしたら反乱軍なんかは居心地がいいのではないだろうか。

 恐らくその中にいるんだろうな。

 俺はそう思った。


 一か月が過ぎた。

 反乱軍は数日前に正規軍によって壊滅されて、首謀者は死刑になったのだと言う。おそらく奴も死刑になったのだろう。

 憎い奴ではあるが、まあ、公開処刑を見に行きたいと思うほど荒んではいない。

 俺は毎日の仕事を行う。開門しようと門に向かったところ、不審な男が門の前に座り込んでいる。

「何をしている?」

 と呼びかけたところ、相手が顔をあげた。俺はその顔を見て仰天してひっくり返ってしまった。

「き、貴様は負け犬太郎!? 反乱軍にいたのではないのか?」

「誰が負け犬太郎だ! みんなして、俺をのけ者にしやがって!」

「いや、だから、反乱軍にいたんじゃないのか?」

「反乱軍の奴ら、『こんな見たこともない奴、仲間にはできない』と言いやがった! 反乱軍まで俺をニートと馬鹿にしやがって! いい気味だ!」

 なるほど。

 反乱軍の中にも社会があるからな……

 そこにも適応できなかったというわけか。

「前の世界だとクレーム電話をかけられたが、この世界には電話もない! 役所に行けば暴れられたが、役所もねえ! 通行証がないから街の中にも入れねえ! 最低だ! こんなところは!」

 あぁ、まあ、確かに電話はないな。

 役所もないな。中世だと、国は領民の生活に責任を持っていないからな。

 というか、クレーム電話をかけるな。役所で暴れるな。

 読者のみんなはやっちゃダメだぞ。

「最低だ! こんな社会ぶっ潰してやる! 幸せそうな奴らから殺してやる!」

「あ、待て!」

 走り去る負け犬太郎。俺はひっくり返った分、反応が遅れて距離が離されていく。



"神様の一言"

 そもそも中世ではニートが生き残れる素地がなかったと言っていいだろうな。

 天成が言っているように、中世にはそもそも国民という概念がないから、きちんと保護しようという意識がない。だから地域で団結するわけで、そうなると余所者は受け入れられない。

 こういう連中の行く先は冒険者しかないんだろうな。


 と言っても、新大陸への冒険などではなく、クレームへの冒険、暴れるという冒険などが主になるのだろうが。


「おい、神よ?」

『何だ?』

「結末がないんだが、どういうことなんだ?」

『そんなことは決まっているだろう。次回へ続く、だ』

「この暗澹な話が、次回に続くのか!?」

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