第11話 やはり避けて通れない中世衛生の話

 俺の名前は欧洲天成。

 今回、俺は普通に? 12世紀のフランスとドイツの中間あたりの街に転生した。執事の息子として、毎日、水場の管理をしている。一つ命令があれば、水を火で暖かくして5階まで持ち上がり、城主の入浴を手伝わなければならない。


 え、ヨーロッパって入浴の習慣はないのに、風呂の準備があるのかって?


 日常的な習慣ではないが、何かの時に身を清める的な形で入浴をすることはあった。大きな行事やら、家族の結婚式などの前とか。


 ということで、俺は水場の管理をしている。かゆいなぁ。


 と、街の方が騒がしい。何があったのだろうか?

 水の量調節は終わったし、水車も昨日チェックした。今なら街に出くわしてもいいだろう。俺は持ち場を離れて街へと向かった。


 街に行くと人だかりができている。

「どうかしたのか?」

 近くにいる人に尋ねると、広場を指さした。

「伝説の女が来ているんだ」

「伝説の女?」

「シラミ・トリマースだ。知らんのか?」


 シラミ・トリマース!?


 領主でも年に三回くらいしか入浴しないようなところだから、最大の問題は虱やらノミだ。これを置いておくとかゆくて仕方ないから、虱取り専門の女性も存在していた。

 シラミ・トリマースはそんな中でも凄腕として知られていた。こいつの世話になるとたちどころにシラミがいなくなるという。


 しばらく広場の方を見ていると、同い年くらいの若い女が現れた。あれがシラミ・トリマースか……。観察していると、向こうもこちらに気づいた。急に駆け寄ってきて、「おまえも転生者ね?」と聞いてきた。


 転生者?

 ということは、シラミ・トリマースも?


「そうよ。あたしは元々時松美波って言うんだけど、いつのまにかミナミ・トリマツ、シラミ・トリマースになっていたのよ」

 そうだったのか。中世ヨーロッパに転生してきて、虱取りとは大変だな。

「ところがどっこい。私は製薬会社の社員で、倉庫ごと転移できたからね」

 そう言って、美波はスプレーを取り出した。


 こ、これはア〇ス製薬の殺虫剤!

 なるほど、これならシラミやノミは一撃だ。

 まさか現代技術を使っていたとは。


「基本的にスプレーをふりかけた後は、マッサージをしているだけよ。それで患者は気持ちも良くなるし、当分の間気にしなくてよくなるからね。金払いのいい客には水バルサンを焚いているわ」

「し、しかし、こんな怪しいものを使っていたら、教会から異端だの何だの言われたりしないか?」

「大丈夫よ。教皇の虱取りも手伝ったことあるし」

 美波は断言した。



"女神のひとこと"

 ヨーロッパは寒冷地ですし、湿度もそんなに高くはないので、放置したからといってそこまで酷いことはなかったのでしょうけれど、それでも、領主クラスでも年に数回というのは衝撃的ではありますよね。


 よく挙げられるのは体臭などの問題ですが、それ以上に厄介だったのは虱やノミだったようで、この話のような職業もありました。


 ただ、ナポレオン1世が妻のジョゼフィーヌに対して遠征地から「もうすぐフランスに戻るけど、風呂入らずに待っていてくれ」なんて言っていたなんて話もあります。

 ノミやシラミもペストなど伝染病の原因になったりしたので、笑いごとではないのですが、当時はそうした知識もないので、大量にいる寄生虫やかゆみなどをネタにした笑い話も多かったようです。


 住めば都、慣れれば天国ということなのでしょうか。

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