第45話

 《わたし、宮前くんと趣味合わないだろうし。友達としてしか今は見れないかも》


 俺の告白に対する奈緒の返事を、俺は一言一句違わず記憶している。

 奈緒は、俺が二次元美少女好きだったため、相容れないと俺を拒絶したとばかり思っていた。だが、奈緒の言いたかったことは、そういうことではなかったらしい。


「まさか。そんなことが理由じゃないよ。第一、宮前くんの趣味がキモいとか考えたことないし」

何をこの人は不思議なことを言っているんだろうというように、奈緒は目をぱちくりさせて俺を見る。

「てっきりそれが原因だと思ってたんだが、違うのか?」

「宮前くん、被害妄想しすぎ。私がそんな器の小さい人間だと思う?」

「いや、思ってない。だからこそ言われたのがショックだったんだ」

「誤解させてしまったのなら、ごめん」

「いいけど。じゃあ、どういう意味だったんだ?」

奈緒に変に圧を加えないよう、俺はできるだけソフトにその意味を訊ねた。

「わたしはね、まだまだやりたいことがたくさんあるの。子どもの頃から続けてるバレエ、高校から始めたバンド、そしてこの交流会を成功させて商店街を活性化させること」

「そのためには、恋愛してる暇なんかないってわけか」

「そういうこと。宮前くんと一緒に趣味を楽しむ余裕はないって意味で」

「わかりづら。そんな解釈、普通できねーよ。美少女グッズ危うく断捨離するとこだったんだぞ」

「そうだった? というか、そこ大事?」

奈緒は美少女断捨離にツボって、腹を抱えて笑い出した。

趣味を完全否定され、一時は二次元美少女好きを封印しようとさえ思っていた。

まあ、結局できなかったわけだが…

奈緒は苦しそうに腹を抱えて笑ったまま、両手を合わせ、必死にごめんと謝ってくる。

まあ、理由はどうあれ、フラれたことに変わりはない。

だけど、何だかスッキリした。心のどこかで奈緒は他人の趣味を否定するような奴ではないと思っていたから。それがわかって、何かから救われた。

それにしても奈緒は、自分のやりたいことに一直線。

「お前、ストイックなんだな」

俺は改めて感心した。交流会のスタッフを頑張り過ぎて過労で倒れるくらいだ。根が真面目なのだ。

「まあね。あ、でも恋愛感情はないわけではないよ。この人、素敵だなとか思ったりするし」

奈緒は唇に人差し指を当て、素敵な誰かを想像する。

「ちなみに誰に対して?」

「もしかしてまだ私に未練あり?」

悪戯っぽい目で俺の顔を覗き込む。

「あってほしかったのか?」

俺は冗談っぽく、ふてくされるようにそう言った。

「いや、結構です」

「うー、堪えるな」

面と向かって『お前なんか意中にない』と言われているようなものなのに、大したダメージはない。

こんな調子よく返せるほど、俺の傷の痛みは回復していた。

「宮前くんにはもっとふさわしい人がいるよ」

そう、奈緒は唐突に呟いた。

「それ、断る理由でよく聞くやつだから」

「だって本当にそう思うから」

奈緒の瞳は真実だと訴えかけていた。

今になって思い返すと、中学の時の俺は恋に恋していた感がある。見えている範囲も狭かった。まわりにカップルができ始めたことに影響されて、俺も誰かと付き合ったら、もっと学校生活楽しくなるんじゃないかって。

学校が楽しくないことを周りのせいにして、他人の力を借りて充実させようとした。

「私に言わせてみれば、宮前くんはすごいと思う」

「何が?」

「だって誰も知り合いがいない高校に入って、部活に入って、生徒だけの力でアイドルみたいな活動してるって、なかなかドラマだよ」

「まあ高校は自分で選んだとして、部活は舞に誘われなかったらしてなかっただろうけど」

「舞ちゃんに会えてよかったね」

高校に入り、新しい出会いがあり、世界が広がった。

舞、浅川、あおい、愛莉。

それから、美咲さん、室井さんという強力なサポーターにも巡り合えた。

舞との再会は、厳密に言うと新しい出会いとは言えないけれど、成長した姿でお互い再会したという意味では、また新しい出会いと言えるかもしれない。

「宮前くんの趣味は生かされてる。こうやって、彼女たちとステージを作る上で」

「まあ、確かにそうかもな」

奈緒のおかげで、明日のステージなんとかなりそうな気がしてきた。

人の感情は天気のようなものだ。言葉ひとつで晴れたり、曇ったり、時には土砂降りになったりもする。

「それにしても奈緒、ちょっと俺のこと褒め過ぎじゃないか?」

「バレた?」

「…」

「明日のステージ、実は私も立つことになってて」

「おう。何で?」

「ジャズバンド」

「ああ、高校からバンド始めたって、ジャズだったのか」

「それでメンバーのピアノの子が急に出られなくなっちゃったのよね」

「お、おう。何となく、話は読めたぞ。要は、俺にピアノの代役をやってほしいと」

「ご明察! 頼ることって大事だよね」

「たしかにそうだけど。本番は明日だぞ」

そんなことだろうとは思っていた。

幸い、奈緒たちが明日演奏する曲は、そんなに難しいものではなかった。

だから引き受けてやることにした。

さらには、新しい環境に身を置くきっかけを、新しい出会いのきっかけを与えてくれた、せめてものお礼として。






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