第43話

 病院に運ばれた奈緒は、俺の予想通り、過労と診断された。意識が朦朧もうろうとしていたのは、ファミレスで倒れたときだけで、救急車に乗せられて病院に運ばれる頃には、既に意識がはっきりしていたそうだ。念のため病院で先生に診察してもらうと、安静に過ごすよう言い渡されただけで、入院の必要はなかった。


「今日は本当にごめん。迷惑かけちゃって。交流会、ご参加よろしくね!」

すっかり元気になった奈緒は、俺と舞にそう言い残し、奈緒のじいちゃん、それから迎えにきてくれた奈緒の両親と一緒に車で帰っていった。奈緒の父親から、俺と舞も家まで車で送ってあげると言われたが、『俺たちは電車で帰れるから大丈夫です』と遠慮した。


 俺と舞は駅のホームのベンチに座り、電車が来るのを待っていた。

時刻は午後四時を回ったところ。俺たち以外にホームに人はいない。

「よかった。奈緒さんが無事で」

俺と二人きりになり緊張の糸が切れたのか、舞は安堵の表情を浮かべている。

「初めて交流会のスタッフになって、相当張り切ってたみたいだからな」

俺も舞と同じく落ち着いて、落ち着けたと思ったら一気に一日の疲れが出た気がした。少しでも楽な姿勢を取ろうと、ベンチの背もたれに体を預ける。


「ねぇ、陵。私たちでも何か手伝えないかな?」

「俺も同じことを考えていた。さすがにあの人数で交流会回すのは無理だろ」

「奈緒さんたちのことが心配でステージに集中できない気がする。わたし、奈緒さんの力になりたい」

「わかった。後日、俺から打診しておくよ」

「ありがとう。お願いね」

「…」

「…」

電車が来る気配はなく、俺たちが口を閉じると、途端にあたりは静かになった。

「聞かないのか?」

舞は気になっているはずだ。

俺と奈緒の中学での関係について。

「何を?」

舞は俺を不思議そうに見つめてくる。その表情からは舞が何を考えているかを読み取ることができない。奈緒がこんなことになって、聞くのを躊躇ためらっているのか。あるいは傷心しょうしんした俺を気遣って聞かないだけか。

「俺が奈緒に告白して振られた話」

「ああ、それね。奈緒さんと陵が話す様子を見てて、なんとなくそんな気はしてたよ」

「マジかよ。女子ってすげーな」

俺は素直に感心した。

「さすがに陵が奈緒さんに告白までしてるとは想像できなかったけど、陵が奈緒さんとしゃべる時ぎこちなかったから、中学でなんかあったのかなぐらいには思ってた」

「そうか。俺ってわかりやすい奴だな」

「わかりやすいよ。陵は人を騙すような職業には絶対就けないね」

「そんな職業、こっちから願い下げだ」

舞は口元を手で隠してくすっと笑った。

「案外、人って騙し騙し生きてると思うけど」

「どういうことだ?」

「アイドルだって応援してくれるファンのために自分を作ってるし、お母さんだって子どものためにお母さんになろうと努めてる。」

「お前にしては真っ当なことを言うな」

「まあね。そういった意味では、奈緒さんも自分を騙し疲れちゃったのかもね。『スタッフとしての責任をしっかり果たさなきゃ』ってね」

「騙し疲れか… そうかもしれんな」


あおいはみんなのために自分を犠牲にし、

愛莉は夢を叶えるために自分を変えようと努力している。

人を騙すことは躊躇ためらわれるのに、自分を騙すことは案外普通にやっている。

「舞は、どうしてコスプレイヤーであること隠してるんだ?」

「コスプレって結構理解されにくい趣味じゃない?」

「まあ、確かに。あんな際どい格好で人前に出てるの、お前の父さんが知ったら、相当ショック受けるだろうな」

「でしょ、でしょ。わたしはね、自分に自信つけたくてコスプレ始めたの」

「それは意外だな」

俺から見た舞は、好きなことにまっしぐらの自由奔放な女子高生だ。

「前に、陵が私に彼氏がいると勘違いしたことあったでしょ?」

「ああ、実はお前の中学の部活の先輩の女の子だったオチの」

「そうそう。明日香さんって言うんだけど。わたし、中学に入ってすぐ友達できなくて、教室で一人ぼっちだったの。そんな時、同じ部活にいた明日香さんにコスプレイベントに誘われて。『私なんか、無理だよ』って明日香さんに言ったら、『そんなんだから友達できないんだよ』ってずばり言われちゃったわけ。そんなん言われたら、悔しいじゃん。だから思い切って参加してみたら、意外と楽しくて。段々コスプレのレベルが上がっていきました」

「まあ、あんだけおっぱい露出させてんの、よっぽど自信がなきゃ無理だよな」

「ちょっ、あれは見なかったことにして!」

「いや、出されたら見るだろ」

「陵の前では絶対出さないもん」

「何の話をしているんだ、俺たちは。おっぱい出す、出さないのって」

俺たち以外に周りに人がいなくて良かった。

「しっかし、まあ、今日は久しぶりに自信なくしちゃったかも」

「どうして?」

「奈緒さんを見て。奈緒さんは、みんなから頼られて、礼儀正しくて、そして綺麗。わたし、勝てるところないじゃんってね」

明るい口調で笑顔で呟く舞だが、その瞳の奥が少し寂しそうに見えた。

ちょうどその時、ホームに俺たちが待っていた電車が入ってきた。

どちらからともなくベンチを立って電車に近づくと、強風に煽られ崩れた前髪を舞は整える。

「別に比べる必要はないだろ。お前にはお前の良さがある。お世辞抜きで、今日のお前、か、かわいいよ。俺、今日の感じ結構好きだぞ」

舞を励ますためというよりは、俺の感じていたことをありのまま舞の横顔に向かって伝えた。

でも、最後のセリフは恥ずかしくて小声で言った。

舞は俺からそんなことを言われるのが意外だったのか、初め驚いた顔をし、次に嬉しそうに顔を綻ばせた。

そして俺のそばに寄ると、自分の耳に手を当てて、

「ん?なに?最後なんて言った?」

舞は聞こえてる癖に、俺に二回同じセリフを言わせた。

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