第42話

◯◯◯


舞は慌ててトイレに駆け込むと、気を落ち着かせるために一度深呼吸をし、スマホの画面を見た。表示されたのは時間だけで、チャットの通知などは来ていない。


『陵が奈緒さんに告白して振られた? まあ陵は別に私の彼氏でも何でもないし、あんな素敵な奈緒さんだもん。陵が好きになってもおかしくないよね。でもでも、何だろう、このもやもやした気持ち。今、二人だけでどんな話してるんだろう? 戻りづらい、けど気になるな...』


 あらゆる感情、考察が頭に浮かんでは消えていった。

整理がつかない状況ではあったが、総じて舞はネガティブな気持ちになっていた。


『この気持ちは、残念?喪失感?敗北感?』


非常に自分勝手ではあるが、陵は二次元の美少女に夢中で、三次元の生身の女の子に興味はないものだと舞は決めつけてしまっていた。だから、陵が告白まで経験済みだったのが、意外すぎた。

そして、舞から見て奈緒はすごく魅力的だった。自分よりしっかりしていて、気遣いができて、垢抜けていて美人。

舞は鏡に映る自身のあどけない様を見て、ため息を漏らした。


『何もかも私と違うじゃん』


舞は自分がそんな感情を抱くことも意外だった。

『もしかして、わたし・・・』


すると、その時だ。スマホがバイブし、通知が入った。

見ると、《陵:早く来てくれ》の文字。


不穏な雰囲気を感じて、舞は急いでトイレを出た。

なにやら店内が騒がしい。その騒がしさは、一般的な昼時とは質が違う。

ドリンクバーのあたりに人だかりができていて、他の客も心配そうにそれを見ている。

さっきまでボックス席にいた陵と奈緒の姿が見当たらない。

嫌な予感がして、

「すみません、ちょっと」

と人と人の隙間をくぐり抜けると、輪の中心でしゃがみ込む陵と目が合った。


「舞、救急車を呼んだから、病院に行くぞ。席から奈緒の荷物持ってきてくれ」


そう必死に訴えかける陵の側には、奈緒が具合悪そうに床に倒れ込んでいた。

近くには割れたガラスのコップの破片が転がっている。


「大丈夫なの? どうしたのよ急に? さっきまであんなに元気だったのに」

舞も奈緒の側にしゃがみ込むと、奈緒の顔を確認した。

奈緒の顔は青白く、息は荒く、額にうっすら汗をかいている。

先ほどとは別人のようだ。


「わからない。お前が席を立った後すぐ、奈緒は飲み物を取りに行ったんだ。そしたら、急に倒れた。もしかしたら過労かもしれん」

「過労?」

「ああ、俺の予想はな」

「とりあえず一緒に病院に来てくれるか?」

「わかった」


それからすぐ、騒ぎを聞きつけた奈緒のじいちゃんが、店に血相を変えて駆けつけてきた。商店街の組合で奈緒のじいちゃんと親しいファミレスの店長が、気を利かせて呼んでくれたらしい。

救急隊も到着し、奈緒はストレッチャーに乗せられ、じいちゃんと一緒に救急車で運ばれていった。

陵と舞もタクシーで後を追うことにした。

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