第40話

 振り返ると、数日前にチャットのアイコン写真で見たのと同じ制服を着た奈緒が、にこやかに佇んでいた。

「奈緒?!」

「やっぱりそうだ! 宮前くんにすごくよく似た人がいるなと思って、話しかけに来ちゃった」

嬉しそうに笑って話す奈緒は、ブレザーのボタンをきちんと全て留め、首には名札のストラップを付けている。小さい頃バレエを習っていた影響もあってか、背筋はピンと伸び、話し方や動作の一つ一つが女性らしく丁寧だ。

「久しぶりだね。元気にしてた?」

ほんの一ヶ月前まで同じ教室で机を並べて勉強していたから、久しぶりかと聞かれるとそうでもない。だが、面と向かって話すのは、それこそ俺が文化祭で告白したのが最後だから、久しぶりと言えば久しぶりだ。

「まあ、元気は元気よ」

予想外の出来事に俺が普通の返事しかできないでいると、

「それなら良かった。こんなところで会うとは思わなかったなぁ。私ね、この交流会のスタッフやってるんだ」

名札を見せ、奈緒がここにいる理由を教えてくれる。

「商店街に知り合いでもいるのか?」

「おじいちゃんが商店街の会長やってて、子供の頃から毎年軽い手伝いはしてたんだけど、高校生になったからスタッフやらせてもらうことになったの」

「へぇーそれは知らなかったな」

奈緒が「ほら、あそこ」と指差す先には、貫禄のある年配の男性が、段ボール箱を抱えて右往左往する若いスタッフにてきぱきと指示を出している。

「俺たちは見ての通り参加者だ」

「俺たち?」

奈緒は不思議そうに俺の前後左右を見渡す。

「あぁ、もう一人は今ちょっと席外してて。もう少しで帰ってくると思うが」

俺が入口の方に目を向けると、奈緒は合点がいったというように、

「もしかして、赤いチェックのスカートの女の子? それならさっきわたし、廊下ですれ違ったよ。とってもかわいい子だったからびっくりした。宮前くんの彼女だったりする?」

半年前に振った男に恋愛話を平気でしてくるあたり、なかなか大胆なやつだ。でもまあ、そのサバサバした感じが、他の女の子と違って魅力でもあったんだと思い出す。

「いや、舞はそんなんじゃないよ。ただの幼なじみだ」

舞と一緒にいると、何度もこのセリフを言わされる気がする。

「俺、今さ、この近くの高校に通ってるんだ。生徒会の紹介でこの交流会に参加することになったんだ。部活のメンバーでパフォーマンスを披露することになってな」

「パフォーマンスって何の? ダンス部とか?」

「いや、まあ似たようなもんだけど」

「じゃあ吹部とか?」

「あ、あぁ‥‥アニメ研究部だ」

「なるほど。宮前くんらしいね。アニメ研究部でパフォーマンスってどんなことするの?」

 二次元美少女好きが原因で奈緒に振られた手前、アニメ研究部の名前を出すのを躊躇ためらっていたのだが、奈緒がスタッフということなら、遅かれ早かれ俺がアニメ研究部として参加していることはバレるのだ。どうせフラれたし、もうこの際どうでもいいかという投げやりな気持ちになった。

「簡単に言うと、ご当地アイドルみたいなもんだ。俺の作った曲に合わせて、舞たちが歌ったり踊ったりな」

「作曲から自分たちで? なかなか本格的な活動なんだね。宮前くん、ピアノできたもんね。卒業式の伴奏、とっても良かった。わたし、感想伝えようと思ってたんだよ。だけど、卒業式終わった後の懇親会に宮前くん来てなかったでしょ? だから、言えずじまいだったの」

 中学の学校行事で、俺はいつもピアノの伴奏を担当していた。だから卒業式も当たり前のようにその役を任されたが、友達と呼べる友達も、思い出と呼べるほど印象に残る出来事もなかった俺は、卒業式が終わると直ぐに家に帰った。別れを惜しむ必要はなかったのだ。

 

 ガタンとマイクのスイッチが入った音が会議室に響き、前を見ると奈緒のじいちゃん、つまりは商店街の会長が手にマイクを持って話し始めようとするところ。

「じゃ、また!」

スタッフとしての仕事を思い出し、奈緒は後方にはけていった。

ほどなくして舞が小走りで席に戻ってきた。

「なにかあった?」

 俺と奈緒が話しているところが見えていたようだ。

「ああ、今のは中学の同級生の奈緒だ。おじいさんが商店街の会長で、この会のスタッフだそうだ」

 俺はプリントで口元を隠すと、小声で舞にそう伝えた。

「そうなんだ。陵にも知り合いいたんだね」

舞はいたって真面目な顔で素直な感想を述べる。

「俺に知り合いがいるのが、そんなにおかしいか?」

後ろを振り向く舞に合わせ、目立たないよう俺も後方に目を向ける。

すると、奈緒が舞に気づき、頬にえくぼのできる笑顔で軽く一礼してきた。


中学のとき好きだった奈緒と、高校で再会した幼なじみの舞。

二人の共通項は、紛れもないこの俺だ。

 

会長が話し始めたので、舞と俺は慌てて正面を向き、話を聞くのに集中し始めた。



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