第39話
翌日日曜の午前10時50分。
駅前の公民館の入り口で俺は舞が来るのを待っていた。来月開催される交流会の出場者向け説明会があと少しで始まる。
まだ五月になっていないのに、日差しは強く、半袖でも過ごしやすい気温。年々夏が来るのが早まっている気がする。
「ごめん、陵、待った?」
やってくるなり、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる舞。
「いや、俺も今来たとこ。ってか、今日の服って・・・」
舞は、うちの学校の制服ではない制服を来ていた。白いシンプルな半袖セーラー服に赤いリボンを結び、同系色の赤のチェックのミニスカート。普段着ているスカートより丈はさらに短く、白い綺麗な太ももに思わず目がいってしまう。髪はいつもと同じ黒髪ストレートだが、毛先が内巻きされていて、清楚な印象だ。
「どう? かわいいかな?」
舞はスカートをひらひらさせ、上目遣いで自信なさげに感想を求めてきた。
「いいんじゃないか・・・お前、自分の制服はどうした?」
内心、めっちゃ俺の好みのテイストだと思ってはいたが、そこは幼馴染という関係性が邪魔して素直に褒めることができない。
「あっ、そうか。その手があったか!」
舞ははっとした様子で俺の制服のシャツを凝視した。
「私服がないから困って美咲さんに着れそうなの送ってもらったの。こういうの、なんちゃって制服って言うんだよ」
「また美咲さんか。あの人はお前のパトロンなのか。まあ、今回はまともな服だし、大丈夫だろう。交流会を主催してるのは、この町の商店街のおじさん、おばさんだ。ちゃんと敬語使って話すんだぞ!」
一緒に来るのがあおいなら心配なかった。だが舞は、少々幼稚で空気が読めないところがある。
「なに、またお父さんみたいなこと言っちゃって。大丈夫だもん」
舞は俺に子供扱いされたのが不服だったのか、拗ねてほっぺたを膨らませた。
そして抗議の意味を込め、俺のほっぺをムニッと摘んできた。
俺はその手を払い除けると、
「いいか、俺たちは生徒会に推薦されてここに来てるんだ。学校の代表であることを忘れるな」
外からは、続々と参加者やスタッフと思しき大人たちが集まって来ている。
入り口で戯れ合っていては、それこそ周りの大人たちから良く思われないだろう。
玄関で靴からスリッパに履き替え、舞と一緒に会議室に向かう。
「全く、どいつもこいつも俺をおちょくりやがって。そのうち落とし穴ドッキリとか仕掛けてくるんじゃないか?」
「それいい!」
「絶対にやるなよ」
「フリですか、それは?」
「なわけ、あるかい!」
「ところで、どいつもこいつもってどういう意味?」
「愛莉のことだよ。昨日、室井さんに俺たちの部活のことを相談しに行ったんだ」
「ああ、先週行ったメイドカフェの! わざわざ相談しに行ったの? 陵ったら、言い出しっぺの私を差し置いて、随分と活動に積極的じゃん」
「ああ、それはいいとしてだ。愛莉のやつ、衣装ラックに隠れて俺と店長の会話盗み聞きしてたんだ」
「部活の相談なら、別に聞かれても大丈夫じゃない?」
「大ありだよ。あいつ、店長を使ってわざと俺に恥ずかしいこと言わせたんだぞ」
「例えば?」
俺は言いたくないからあえて『恥ずかしいこと』とぼやかしているのに、舞はそんな俺の気持ちを一切気にせず、身を乗り出して話を深掘りしてこようとする。
俺の隣を歩いている舞だが、さっきから何回も腕と腕が接触している。
物理的にも精神的にも距離感の近いやつだ。
気になる子はいるのかと室井に聞かれて、真っ先に浮かんだのは、舞だった。
この感情は「好き」とまではまだいかないかもしれない。
だが、久しぶりに会って、綺麗な女性に成長していた舞を異性として意識していることは、疑いようのない事実だ。
説明会まであと五分。二階の会議室に到着し、扉を開く。
用意されていた三十席ほどのパイプ椅子は、ほとんど人で埋まっていた。集まった人々は皆、静かに説明会が始まるのを待っていた。スタッフ数名が慌ただしく準備に追われている。会場全体見渡しても、年齢層はかなり高く、俺たちがぶっちぎりで最年少と思われる。俺たちもさすがに空気を読んで話すのを止め、空いている席に並んで座った。
「ごめん、ちょっとお手洗い」
パンツが見えないようスカートの裾を抑えながら、舞が俺の目の前を通り抜けて行く。
手持ち無沙汰に配布されたプリントを眺めて、舞の帰りと会が始まるのを待っていたときだ。
背後から突然、トントンと優しく肩を叩かれた。
「すみません、宮前くんだよね?」
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