第38話

店長・室井むろいとのバイト面接。

何の準備もしていないが、俺はちゃんと話せるのか。というか、働いてほしいと言われているのに、面接をする意味がわからない。

「そもそも面接って採用するかいなかを決めるものじゃないんですか?」

「キミの言う通りだ。でも採用するには面接をしなきゃいけない本部からのおたっしなんだ。面倒かもしれんが、協力してくれ」

「そういうもんなんですか・・・わかりました。たいしたこと、話せないかもしれませんけど」

俺は若干じゃっかん緊張きんちょうしながらも、室井に言われた通り、簡単に一分ほど自己紹介する。バイト面接は人生初だが、今の高校に入る際、受験で面接は経験している。自己紹介は問題なかった。

問題はその後の面接官からの質問だ。

改まった表情で室井が質問する。

「では僕から質問させてもらうよ。ずは好きな女の子のタイプを教えてくれ」

「???」

「なに黙ってるんだ。質問の意味がわからないというなら、遠慮せず言ってくれ」

難しい質問が来るかと思いきや、修学旅行の夜に相部屋あいべやで交わされるような質問に、俺は拍子ひょうし抜けした。

「いや、こんな簡単な質問、意味がわからないほうがおかしいですって。俺が聞きたいのは、どうしてそんなことを答える必要があるかですよ!」

「聞くように本部から言われてるんでね。まあ僕の面目めんぼくを保つために、ここは一つ、よろしく頼むよ」

困った顔で懇願こんがんしてくる店長。

社会は理不尽りふじんなことが多い。

店長もむなく聞いているんだろう。仕方がないから適当に答えてあげるとするか・・・

随分ずいぶん変わった本部なんですね・・・ えぇと、まあ、普通に優しい人とかですかね」

「それだけ?」

「あとは趣味を理解してくれる人とか。欲を言えば、一緒に趣味を楽しめる人がいいです」

「なるほど。『二次元の美少女オタクに理解がある人』、と」

室井は手元のバインダーにメモを取る。自己紹介の時は全くメモを取る仕草をしていなかったのに。そんな重要な質問なのか・・・

「というか、俺、店長さんに美少女キャラが好きな話、しましたっけ?」

「あ、あぁ。カノンが教えてくれたんだ。美少女もの見て、鼻息荒くしてるって」

あいつ、俺のことを一体どう説明したんだ? 

まあ、それは今度本人に会ったとき、じっくり問い詰めてやるとしよう。

「見た目はどんな子がいいんだい?」

「見た目は、そうですね・・・笑顔がかわいくて、髪は黒くて長い方が好きですかね」

「胸は大きいのがいい? 小さいのがいい?」

女の子がそばにいたら即セクハラで訴えられかねない、際どい質問。

さすがに答えるのを躊躇ちゅうちょしていると、

「ちなみに僕は大きい方が好きだよ」

と、室井自ら答えやすい空気を作ってくれる。

「そりゃあ、まあ、俺も大きい方が好きです・・・恥ずかしいんですけど、いつまで続くんですか質問は?」

「まあまあ、あとちょっとだから」

室井はそう俺をなだめると、こほんと一つ咳払いし、

「今、気になってる子とかいるのかな?」

と、真面目な顔で聞いてきた。

俺はその吸い込まれそうな瞳にせられた。

魅せられたが最後、

「中学の時、好きな子はいました。けど呆気なく振られてしまって・・・俺がその子に告白したことが次の日にはクラス中にバレてて、学校に居づらくなりました」

ついつい話す気もなかったことまで、ベラベラと打ち明けてしまった。

室井は、時折首を縦に振りながら、真面目に俺の話を聞いてくれている。

「それで高校は誰も知り合いがいなさそうなとこ、選んで入ったんです。そしたら偶然、小学校の時いつも遊んでたやつが同じクラスにいたんです。しかも隣の席ですよ。俺、びっくりしました。あいつ、しばらく見ないうちに、めっちゃ大人っぽくなってて」

「いいねぇー、そんなドラマチックな青春、おじさんも経験したかったなぁ」

目を細め、感慨かんがい深げに顎髭あごひげをいじる室井の顔は、実年齢より十歳ほどけて見えた。

表向きはわからないが、経営は案外大変なのかもしれない。


すると、その時である。

店長の斜め後ろ、たくさんの衣装がかけられたハンガーラックが、風もないのに揺れた気がした。俺は嫌な予感がしつつ、


「すみません、そこのラックが動いたような・・・」


怪訝けげんな顔で室井の背後をのぞき込もうとすると、その視線をさえぎるように室井が体を左右にくねらせる。これは、ますます様子がおかしい。

面接の途中ではあったが、俺は椅子いすから立ち上がった。

室井の制止せいしを振り切ってラックに近づく。

服と服の間をかき分けると、


「ありゃー、バレちゃった・・・」


ラックと壁の隙間に、苦笑いを浮かべた愛莉が、小さくうずくまるようにして隠れていた。


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