第37話

 翌日土曜、午後二時。俺は愛莉あいりのバイト先『メイドカフェ・シュガースイートドリーム』の従業員控室に来ていた。

机を挟んで向かいには店長・室井むろいが座っている。

この前見た時とは違うアロハシャツに身を包み、手にはバインダーと鉛筆。

「なーに、面接だからって緊張することはないよ。リラッークス、リラッークス」

宮前みやまえりょうです。よろしくお願いします」

俺は深々と丁寧に頭を下げる。

先週初めて会ったとき挨拶したから、今さら名乗る必要はないのだが、一応面接なので自己紹介から始めておく。


◯◯◯


 愛莉の芸能活動、まいのコスプレイベントとトランペット教室が土日に集中しているため、アニメ研究部の活動ができるのは主に平日だけだった。

 あおいは、「家族との用事があって・・・」とよく言っているが、本当に家族と時間を過ごしているかはさだかでない。

 体育会系の部活は土日も平日もない。サッカー部の浅川あさかわなんかは、入学当初はそれほど忙しくなかったが、来週の大型連休に新人戦があるとかで土日両方とも練習が入るようになった。

 そして、俺はというと・・・暇だった。

以前なら時間があれば、喜んで趣味にいそしんでいたものの、来月の交流会までに舞たちのパフォーマンスを仕上げなければ、という不安から、アニメを見てもラノベを読んでもいまいち没頭ぼっとうできないでいた。

 アイドルのプロデュースなどしたことがなく、独学どくがくで作曲や演出を考える中、先週愛莉のバイト先で室井に出会えたことは幸運だった。

金曜の夜、俺は室井に

「振り付けを考えたからアドバイスが欲しい」

と相談の連絡を入れると、

「じゃあ、早速明日店に来てくれ」

こころよく引き受けてくれた。


◯◯◯


店の裏口から従業員控室に入ると、スタッフの一人のメイドから

「そこの席に座ってお待ちください」

と案内された。

メイドさんだから手厚くもてなしてくれるかと思ったが、さすがにここではご主人様扱いしてくれない。

テーブルには、プリントが一枚置かれている。

『入店同意書』?

案内してくれたメイドさんの勘違いかもしれない。

「すみません、俺は部活の相談で店長さんに会いに来ただけなんですけど」

とメイドさんに声をかけるも、呼び止められたことに気づいていないのか、振り返ることなく行ってしまった。

ほどなく、室井が現れた。

「まあまあ、僕はキミの相談にタダで応じるほど、暇じゃあないんだ。この店も繁盛はんじょうしてきて、スタッフが足りなくて困っていたところ。カノンみたいにたくさんシフト入ってもらわなくていい。週末だけ働いてくれないか? バイト代も出すし、ここまでの交通費も出す。そして、キミたちの活動の相談にも乗ってやるさ」

「・・・」

「何、ハトが豆鉄砲まめでっぽう食らったみたいな顔してんだい?」

「バイト? 俺が?」

快く相談に乗ってくれると言ってくれたから、何の疑念ぎねんもなくひょこひょこと店に来てしまったのが、間違いだった。

タダほど怖いものはない。

「そうだよ、どうせ土日は暇なんだろ?」

「暇といえば、暇ですけど・・・スタッフが足りてないって、俺、男だからメイドはできませんよ。まあ身長も低いし、がただし、ジェンダーレスな顔つきだとは言われるから、女装じょそうもできなくはないかもしれませんけど。声はごまかせませんよ」

「いや、これは傑作けっさくだ。キミなかなかおもしろい発想をするね。裏方に決まってるじゃないか」

室井は手をたたき、腹を抱えて笑い出した。

メイドカフェのスタッフとはいえ、何もみんながみんな、メイドの格好で客をもてなすとは限らない。

俺は自分の発言が恥ずかしくなり、赤面した。

状況を整理するため、だまり込んでいると、

「スタッフになってみないか? 今すぐに返事しなくてもいい。『持ち帰り検討けんとうします』でもいいんだ。ただし、僕からのアドバイスを受けられるのも、その分遅くなると思いたまえ」

優しいのか、優しくないのかわからない室井の言葉。大人は駆け引きが上手だから困る。


・室井のプロデューサーとしての腕は確かだ。そのアドバイスはのどから手が出るほど欲しい。

・土日、俺は暇。

・秋葉原まで交通費無料は、ありがたい。

・バイト代が入れば、今よりもっと趣味に金をかけられる。

・愛莉と同じ職場なら連絡も取りやすい。

俺がバイトを始めた際のメリットを、頭の中で列挙れっきょしていく。


物事の取捨選択しゅしゃせんたくに迫られたとき、俺はメリットを考えるのは得意だが、デメリットを考える想像力にとぼしかった。


「わかりました。スタッフになります」

気づいた時には返事してしまっていた。

「ありがとう! そう言ってくれると思っていたよ。よーし、じゃあこれから面接を始めるよ」

「え? 面接があるんですか?」

「当たり前だ。これから僕がキミにいくつか質問をさせてもらう。それにキミが感じたことを、ありのままに教えてくれ」

「は、はい・・・」

嫌な予感がする中、人生初のバイト面接が始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る