第36話
「じゃあ鍵もらって行くね」
松村は俺から鍵をもぎ取ると、
「あ、ちょっと、先生。先生が変な質問するからこんなことになっちゃったんじゃないですか。こいつらに事情を説明してくださいよ」
俺の悲痛な叫びは松村の耳には届かない。
恐る恐る振り返ってみると、舞、あおい、愛莉の三人が冷たい視線を俺に送っていた。
「さ、宮前なんてほっといて、さっさと帰ろ」
「そうですね」
「ごめん、陵。私たち先に行くね」
「舞まで誤解しないでくれ」
慌てて自分の荷物を抱え、彼女たちの後を追っていく。
ふと、あおいと愛莉がいつもより一つ鞄が多いのに気がついた。
「なあ、お前ら今日荷物多くねぇか?」
と、背中越しに幾分優しい声色で訊ねる。
「ああ、これですか? 今日この後、舞さんの家でみんなでお泊まり会なんです」
あおいが俺の方を振り向き、ワクワクした様子で教えてくれた。
「ちょっと、あおい。こんなやつに教えなくていいわよ」
靴箱で愛莉が上履きから外履きに履き替えながら、そう言った。
愛莉はまた俺を拒絶するモードに入ってしまった。この状態を解除するのは面倒だ。
「この前言ってたの、今日だったのか。いいなあ、お前たちだけ。俺もそういう学生っぽいことしてぇな」
俺も靴を履き替えると、羨むように舞を見た。
「今日は女子だけの集まりだから、陵は来ちゃだめ。そんなにお泊まり会に憧れてるなら、浅川くんとやればいいじゃん」
「そうよ、恋愛に男女は関係ないって先生も言ってたっしょ」
「って、そこから話聞いてたのかよ。だったら、俺の発言の意図もわかってんじゃねぇかよ!」
「やっば、バレた」
愛莉たちは、松村と俺の会話を途中から聞いていたようだ。
タイミングを計って登場し、俺に一泡吹かせる魂胆だったようだ。
「じゃあね、宮前くん。また来週!」
面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりに、愛莉は舞とあおいを引き連れて校門へと小走りで進んでいく。
「陵、明後日はよろしくね」
舞はそう言い残すと、前を向いて愛莉やあおいと先に行ってしまった。
靴紐を結ぶのに手間取っていた俺は、一人残された。
辺りを見回すと、仲の良いもの同士談笑する他の部活の生徒で昇降口はごった返している。
中学の時には見ない光景だった。部活に入らず、友達と呼べる友達もいなかった俺は、帰りはいつも一人だった。下校時刻など気にしたこともなかった。
たった一ヶ月前のことなのに、中学時代がかなり昔のことに思えた。
もし舞に再会しなければ、もし舞に部活に誘われなければ...
俺は中学と変わらぬ景色を見ていたかもしれない。
そう考えるととても不思議で、ただ環境が変わっただけなのに、自分という存在まで新しくアップデートされた気がした。
◯◯◯
午後十時。マンションの5階の一角、舞の部屋。
舞たちは一人ずつ入浴を済ませ、パジャマに着替えたところ。
中央に置かれた座卓に、途中コンビニで調達したお菓子を広げ、これから乙女たちのパーティータイムだ。
「夜遅くに食べるお菓子って罪深いね」
髪をお団子にまとめ、スキンケアを済ませた舞が、お菓子に手を伸ばすのを躊躇っている。
「舞さんは気にすることないじゃないですか。スタイル抜群ですし」
あおいは全く気にする様子もなく、パクパクとチョコレート菓子を口に放り込む。
「そんなに食べてると太るわよ」
とあおいに忠告しながら、愛莉も負けない勢いでさっきからポテトチップスを口にしている。
「私、高校入ってから3キロも太っちゃって」
舞は自分の二の腕を気にしてぷにぷにと触る。
「女の子はそれくらいのほうが男子ウケがいいと聞いたことがあります。わたしは逆に子供みたいな体型なので、舞さんみたいな『出るところは出る、締まるところは締まる』体型に憧れます」
「どれどれ?」
愛莉が舞のウエストを測るふりをして、脇をくすぐり始めた。
「や、やめてよ!」
と、抵抗する舞が床に倒れ込むも、愛莉はなおしつこくくすぐり続ける。
「それにしても舞さんの部屋、おしゃれですね。宮前くんと同じ美少女好きなので、どんな部屋かと思っていましたが。漫画やアニメのグッズがあるのに、綺麗にまとめられています」
あおいの言う通り、確かにグッズは飾ってあるのだが、所狭しとグッズが置かれた陵の部屋とは違い、厳選されたものが棚に並べられていた。
「ありがとう、あおい。陵の部屋は、絵に書いたようなオタク部屋だから、今度連れてってあげる」
愛莉のくすぐりから抜け出し、はだけたパジャマを直しながら舞が言った。
「舞、宮前くんの家に行ったことあるんだ。ってか幼なじみだったら普通か」
「入学してすぐに浅川くんと私で陵の家に遊びに行ったの」
「よく男子たちに混ざって平気ね。どんな話で盛り上がるわけ?」
愛莉はベッドに移動し、スマホをいじり出す。
「どんなって、普通に部室で私たちがしてるような話と変わんないよ」
「舞さん、変なことされたりしてませんか?」
「変なこと......なんてないから大丈夫」
ベッドに仰向けに寝転んだ愛莉を見て、舞はあの日を思い出していた。
舞がコスプレイヤーを隠れてやっていることが陵にばれた。舞は慌てふためいて床にあった杖で転び、陵に押し倒されるような形で二人ベッドに倒れ込んだ。その弾みに舞の制服のボタンが外れ、舞のビキニ姿を陵に見られてしまった。布面積少なめのビキニは、舞の豊満な胸を遠慮なく
『なんという失態。陵は、私のおっぱい見ちゃったよね? どう思ったんだろう... あぁ、思い出すだけで顔から火が出そう。って、今さら考えても仕方ないよね。過ぎたことは忘れるの! あれは事故。事故だわ。陵は兄弟みたいなもんじゃない。なんとも思ってないはずよ!』
舞は自分に言い聞かせて、穴があったら入りたいような気持ちに再び襲われていた。
「宮前くんって絶対、舞のこと好きだよね」
「・・・」
「舞、ちょっと聞いてる?」
「あぁ、ごめん。お風呂入り過ぎてのぼせちゃったのかも。ぼけーっとしてた」
「大丈夫ですか? ほらコーラ飲んで涼んでください」
「いや、お菓子にコーラってデブ確定じゃない!」
「お泊まり会やっといて、何うじうじ空気読めないこと言ってんの? あんた、宮前くんみたいよ」
「そんなことないもん!」
舞はあおいからコーラの入ったペットボトルを受け取ると、それを一気に飲み干した。
「ちょっ、何も一気飲みしなくても...」
『あぁ、もう陵のやつ。なんであいつのせいでこんなに私、動揺してんのよ。陵が私のこと好き? そんなはずないもん! いつもの冷静でおしとやかな舞に戻らなきゃ』
と、舞は自分を奮い立たせ、話題を変えることにする。
「そういえば、あおいもミラクル・ウィッチャーズにハマったのよ」
「マジで? じゃあ深夜放送、みんなでリアタイしちゃおうよ」
ミラクル・ウィッチャーズに目がない愛莉の特性を生かし、話を別方向に上手く誘導することができた。
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