第35話

 それから授業を受け、部活に行き、下校するという日々を繰り返した。途中二日間、愛莉はバイトのため部活を休んだ。

 交流会で恥をかかないくらいのパフォーマンスに仕上げる必要がある。俺はプロのアイドルの動画を参考に、曲や演出に修正を加え、舞たちも俺の熱意に応えるように積極的に意見を出してくれた。


「よーし、今日の練習はこれくらいにしておくか」

 

 金曜の放課後。最終下校時刻の十五分前。

これくらいに切り上げるのがベストだ。

 これまで下校時刻ギリギリになっていたのは、舞とあおいがしゃべり好きで、部室を閉め切っての着替えに時間がかかっていたからだった。彼女たちは着替えが済んだら下校すればいいものの、俺は鍵を職員室に返しに行く手間があり、なぜか俺だけ校門までダッシュのヒヤヒヤする思いをさせられていた。


 俺は舞たちの着替えが完了するのを廊下で待ちながら、スマホで中三の時のクラスのチャットルームを見ていた。

 月曜に真田さなだがカラオケに行くメンバーを募集してから、六、七人ほど参加の名乗りがあった。その中に俺が好きだった奈緒なおはいなかった。

 もしかしてメンバーに奈緒がいないのかも。そう思って奈緒を探すと、アイコンの写真が中学のときとは変わっているようだが、その名前は確かにあった。

 アイコンの写真の変化に気づくとか、俺、フラれたくせにキモいなとか自虐的になりつつ、写真をタップする。高校の制服を着た奈緒が笑顔でおしゃれな飲み物を片手に持っている。相変わらず高校でも楽しそうだ。そんなことを考えていると、


「陵くんはこういう子が好きなんだ?」


 突然話しかけられ、驚いて見ると、部活の顧問・松村が俺のスマホを覗き込んでいた。胸の形がうっすら浮き出る薄手の白いニットに、ベージュのフレアスカート。放課後だというのに、化粧崩れのない陶器のような綺麗な肌。今日も大人の色気たっぷりだ。


「びっくりした。急に話しかけないでくださいよ」


一歩後ずさり、そういえば学校にスマホの持ち込みは禁止だったと思い出し、急いで背中に隠した。


「ダメだよ。こんなところで堂々とスマホ使ってたら。部室でこそこそ見ないと」

と、教師らしからぬ忠告。

「すみません」

「陵くんは舞ちゃんと付き合ってるのかと思ってた。この前も二人で一緒に帰ってたし。だけど、違うようだね」

「一体どこから見てたんですか? あいつはただの幼なじみです。いわゆる腐れ縁ってやつですよ」

「そんな腐れ縁だなんて。舞ちゃんには似つかわしくない言葉だよ。その子は、中学の同級生?」

「そ、そうです。たまたま見てただけです。中三の時のクラスの連中がプチ同窓会的なことしようとしてて」

松村は男女のこととなると鼻が効くようだ。

「陵くん、参加するの?」

「いえ、参加しないつもりですけど」

「参加すればいいのに。社会人になったら出会いは少ないぞ。今のうちに女の子とたくさん遊んでおきなさい!」

「誤解を招くような発言はやめてください」

「これほんとのことよ。今のうちから恋愛経験積んどかないと。大学生になっても、社会人になっても、どう恋愛始めたらいいかわからないまま、時間が過ぎていくだけよ。スタートダッシュで差をつけなきゃ。ただでさえ陵くんは非モテなんだから」

「先生、かわいい教え子にそんな不安感あおって楽しいですか?」

「冗談よ、冗談」

と、俺の背中を笑顔でビシビシ叩く松村だったが、その顔には「マジ」と書かれている。

「俺は今、女の子と付き合うつもりないですから」

「ふぅーん、そうなんだ...... わかった! じゃあ、浅川くんね?」

「なんで急に浅川の名前が?」

「キミの好きな人だよ。タイプの違うウブな男子高校生二人が、初めは友達からスタートして、紆余曲折ありながらも徐々に距離を縮めていき、交際に至る。ありがちだけど、萌えるシチュエーションじゃない?」

松村は目を輝かせ、俺に同意を求めてきた。

「先生BL好きですか? 俺が浅川となんてあり得ません」

「あら、そうなの。この時代、恋愛に性別は関係ないと思うけどな」

そう言って、松村は残念そうに肩を落とす。

「勘違いしないでください。俺は女の子が大好きですから!」

俺は思わず大声でツッコんでしまった。

ちょうどその時、部室の扉が開き、舞、あおい、愛莉の三人が鞄を抱えて部室から出てきたところだった。

「うーわ、引くわー。なに廊下で宣言してるわけ? マジキモいんですけど」

「陵、そんな目で私たちのこと見てたの?」

「これは重症ですね。浅草寺で宮前くんの頭がまともになるよう、煙をたくさん浴びせてあげるべきでした」

蔑む愛莉に共鳴するように、舞、あおいが続いた。

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