第34話
その後、舞とは駅で別れ、俺は一時間半かけて自宅の最寄駅まで帰った。
移動中は動画サイトでアイドルのステージを見て、自分たちのパフォーマンスに生かせないか勉強した。
最寄駅周辺は寄り道できるような店は一軒もなく、真っ直ぐ自宅に帰り着いたのは午後七時半。
玄関の鍵を開け、扉を開けると、両親はまだ帰ってきていないのか、家の中は真っ暗だった。「ミャー」飼い猫のぽんずが首輪の鈴を鳴らして俺を迎えてくれた。お腹が空いているのか、
「ぽんちゃん、ただいま。今日も俺は疲れたよ」
脱いだスニーカーを玄関に揃え、ふらふらとした足取りでリビングへと続く廊下を進む。
冷蔵庫を開け、中にあった昨日の晩御飯の残りのカレーを電子レンジで温める。電子レンジのタイマーのカウントをぼんやりと眺めていると、ズボンのポケットにしまっていたスマホがバイブした。どうせクーポンのお知らせだろうと無視していると、立て続けにバイブした。さすがに気になってスマホを取り出し、画面を見ると、
『3年2組クラスチャット』の文字。
中学のクラスのチャットルームの通知だった。
卒業以来そのチャットルームが使われることはなかったから、今さらなんだろうと不思議に思い、アプリを開く。
《みんな、ひさしぶり! 今度の日曜、夕方5時からカラオケ一緒に行ってくれる人、募集しまーす。興味ある人は真田まで連絡ください。》
クラスで二番目にかわいかった、男女問わず人気だった
真田と仲の良かった連中の顔を思い出し、『俺はお呼びでない会だな』、とチャットルームを離れる。
俺が秋の文化祭後に告白し、
奈緒もきっと参加するんだろう。行けるわけがない。
奈緒への告白。
十年ほど時間をかけて記憶を風化させなければ、再会できないくらい、俺にとっては恥ずかしい、封印したい思い出だった。
温め終わったカレーを食卓に運ぶと、ぽんずのお椀にカリカリと、猫用缶詰を開けてあげた。
ぽんずは三日間何も食べさせてもらっていなかったと言わんばかりに、とんでもない勢いでそれを食べ始めた。
♢♢♢
中学三年の九月。文化祭後の片付け途中、教室に俺と奈緒しかいない絶好のチャンスを得た。と、あたかも偶然の出来事のように言ってみるが、実際のところは俺が奈緒と二人きりになりたくて、わざとタイミングを合わせた。
冷静になって考えれば、勝機はゼロ。完全負け試合なのは戦う前から分かりきっているのだが、文化祭特有の熱気に当てられ、その時の俺はどうかしていた。
奈緒はクラスの男子全員に分け隔てなく接していたのに、奈緒が自分には特別優しい気がすると、俺は都合良く捉えてしまっていた。
「奈緒、高校はどこに行くつもりだ?」
「第一だよ。家からも近いし。宮前くんは?」
「奇遇だな、俺も第一だよ」
俺は、黒板を消すフリをしながら、背後でモップがけをする奈緒に話しかける。
奈緒は文化祭に合わせてか、いつものストレートヘアを緩くウェーブさせ、細い三つ編みをカチューシャみたいにさせた凝った髪型をしていた。おまけに吹奏楽部の部Tに白いミニスカートを合わせた、アイドルのアンコール時のような
「宮前くんっておもしろいね」
「え? どんなところが?」
好きな人の発言は、たとえそれが意識して発せられたものでないとしても、自分に都合の良いように解釈してしまう。
「第一って女子校なんだけど」
「はっ、はっ、わかってたよ。冗談だよ」
俺は苦し紛れに言い訳した。
二人きりになれたとはいえ、いつクラスメイトが教室に戻ってくるかわからない。あまり時間はない。焦りが告白を
「じゃあ高校では一緒のクラスになれないんだな、当たり前だけど」
「そうだね、寂しいけどお別れだね」
『寂しい』という俺との別れを惜しむようなフレーズ。俺に好意を抱いてくれている証拠。これはいけると思ってしまった。
「もしよければ、俺と付き合ってくれないかな?」
勇気を振り絞って言った。心臓がバクバクしていた。
「ごめん、無理」
間髪を入れない勢いで、この展開が予想できていたかのように、すばやく、奈緒は俺との交際を拒否した。
「わたし、宮前くんと趣味合わないだろうし。友達としてしか今は見れないかも」
振られた理由で最初に出てきたのは、趣味についてだった。
俺はそれまで何回か、奈緒に美少女ものの魅力について熱く語っていた。というのも、それを聞く奈緒の反応が毎回良かったから、オタク趣味も理解してくれるなんて度量の広い良い子なんだ、キミは女神様か、と安心しきっていたのだ。
告白に失敗して以降、俺は教室にいることが急に怖くなった。奈緒が真田に俺から告白されたことを話したらしく、翌日にはクラス中に噂として広まっていた。被害妄想かもしれないが、女子からは冷たい視線を浴び、男子からは馬鹿にされている気がしてならなかった。
それから半年間受験勉強に勤しむことで現実逃避し、受験し、合格し、そして今家で一人カレーを食べている。
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