第30話

 入り口から入ってすぐが従業員控室、奥が更衣室になっていた。俺たちは従業員控え室に通してもらうと、愛莉とあおいを囲んでテーブルセットに座らせてもらった。テーブルにはフィナンシェが大量に積まれており、あおいはさっきからそれをもぐもぐと食べている。


「宮前、どういうことか説明してくれよ」

「浅川、お前がさっき見てたステージ。カノンとして出てたのは愛莉で、クマはあおいだ」

「嘘だろ?」

目を見開いて驚く浅川だったが、愛莉がそばに置いてあった黒髪ツインテールのウィッグを試しに頭に載せると、事態が飲み込めたようで静かになった。

「まさかあんたたちが客で来るとは思ってなかったわ。びっくりさせたよね? 私がメイドなんかやってるなんて」

愛莉は気恥ずかしそうに俺たちに言った。

「確かに驚いたが、めっちゃ良かったぞ。お前があそこまでできるとは思ってなかった。メイドに完璧なりきれてたぞ。舞に言われるまでお前だって気づかなかったくらいだ」

「あ、ありがと...」

俺からの賞賛の言葉が意外だったのか、愛莉は驚きつつも嬉しそうにそう言った。

「あおいもここで働いてんのか?」

「いいえ、私は今日が初めてです」

「あおいちゃんにはヘルプで入ってもらったの。あの曲を担当してる子がお休みになっちゃったから。ごめんね、迷惑かけて」

「迷惑だなんて思ってません。一人で歌うのなんて初めてで緊張しましたが、いい経験になりました。それにこんなに美味しいフィナンシェもいただけて嬉しいです」


「それなら今日だけとは言わず、今後もうちで働いてもらってもいいよ」

金髪アロハシャツのいかにも柄の悪い男が、部屋に入ってくるなりそう言った。

「すみません、あなたは・・・」

舞が訊くと、

「これは失敬。僕はこのカフェの店長にしてオーナーにして経営者、室井というものだ」

男は自己紹介しながら、俺、舞、浅川に名刺を配った。

要するにこの店を一人で切り盛りしているということか。チャラい見た目に反し、丁寧な言葉使いが印象的だ。まあ、オーナーをやっているくらいだ。当然といえば当然である。

「ステージで歌うのは勘弁してください。放課後私はアニメ研究部で時間がありませんし」

「アニメ研究部? そんな部活があるのかい?いい時代になったものだねぇ」

室井という店長はサングラスを外すと、なぜか俺を見つめてきた。俺はその鋭い眼光に一瞬ひるんでしまう。一種独特な雰囲気があった。

「きみが部長かな?」

「いや、俺はただの部員で、部長はあおいです」

「私、陵、愛莉、あおいの四人が部員です。部長はあおいですが、私たちは陵が作った曲を文化祭や動画投稿サイトで披露しようと考えてまして。陵にはその全体の指揮をお任せしてるんです」

舞が補足する。

「そんなことまでする部活なのかい? いいねぇ、おもしろいじゃないか。陵くんと言ったっけ? きみは彼女たちのプロデューサーってわけだ。というか、きみも抜群にかわいいな。是非うちの店に来ないかい?」

「店長、いい加減にしてください」

愛莉が怒った口調で室井をいさめる。

「悪い悪い。今のは冗談だよ。陵くん、きみはとても恵まれているな。こんな素敵な女の子たちに囲まれて」

舞、あおい、愛莉はヒロイン扱いされて誇らしげな顔をしている。

「男一人は肩身が狭いですよ」

学年でも上位のかわいさであろう三人が偶然にも俺の周りにいることは、はたから見たら羨ましいのかもしれない。だが、実際は邪険にされ、笑い物にされ、罵られる日々だ。

「どんな曲を作ったんだい? 聞かせてくれないか?」

俺はスマホに入れておいた編曲済みの曲の録音を流し、舞は歌詞の書かれたルーズリーフを室井に手渡した。

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