第29話

 愛莉とあおいのステージは、はっきり言って最高だった。観客たちに愛莉は元気を、あおいは癒しをもたらし無事終演した。ステージと俺たちの間には少し距離があって、彼女たちが途中で俺たちの存在に気付くことはなかった。浅川は、カノンが愛莉、クマがあおいであったことにさえ気づいていない。

 

 ステージが終わると、メイドとの記念撮影タイムが設けられた。熱気の冷めやらぬ浅川に誘われ、俺と舞はその撮影会の列に並ぶ。愛莉はカノンとして笑顔でファンサに務めているが、あおいはあの一曲だけで舞台裏に引っ込んでしまったようだ。


「こんな偶然あるのかよ?」

「愛莉だけならまだしもあおいもいるだなんて驚きよ。あの子、家族と用事があるって言ってたのに。どうしてこんなところでクマの衣装着て歌ってるのか、経緯がさっぱりわからないわ。」


浅川は列の前方で写真撮影に応じるメイドたちに注目していて、背後の俺たちの会話に気づきそうにない。


「俺はこの前、愛莉と一悶着ひともんちゃくあった。だから愛莉はこんなところで俺と会いたくないかもしれない。だけどな、舞、俺は今日、愛莉のポテンシャルの高さに感動した。めっちゃいいじゃん、あいつ!」

「それならそのこと愛莉に教えてあげて。絶対喜ぶよ。ってか、愛莉たちの衣装かわいすぎ! わたしも着たいな」

「それお前言うと思った。衣装といい、楽曲といい、この店はセンスがいい。きっとオーナーの舵取りが上手いんだな」 


《次のご主人様、こちらにどうぞ》

「おい、お前たち呼ばれたぞ!」

話すのに夢中になっていて気付かなかったが、いつの間にか自分たちの番が回ってきていた。


「お帰りなさいま・・・せ?」


慌ててやってきた俺と舞を見て、今までメイド・カノンになり切っていた愛莉もさすがに動揺を隠し切れない。表情は笑ってはいるものの、目が泳いでいる。


「カノンちゃん、とってもいいステージだったよ!」

状況を理解していない浅川が純真無垢に感想を述べる。


《それではご主人様、お嬢様、お写真を一枚撮らせていただきます》

カメラを手にした別のメイドに声をかけられ、浅川、愛莉、俺、舞が横一列に並ぶ。


「何であんたたちここにいるの?」

愛莉がカメラに向かって笑顔を作る中、小声で隣の俺に話しかけてくる。

「それはこっちのセリフだ」


《はい、チーズ♡ はぁーい、よく撮れました!》


カメラマンのメイドが撮ったばかりのチェキを俺たちに見せてくれる。よそ様から見たら、メイドカフェを満喫している客とメイドの写真。だが、実際はただの同級生の集合写真だ。


「二時で私バイト終わりだから、この店の裏に来てくれる?」


愛莉は俺にそう言い残すと、次の客の対応に移っていった。


◯◯◯


 店内で飲食を終えた俺たちは、愛莉に言われた通りカフェのあるビルの裏手に回った。表の雰囲気とは対照的に殺風景な路地。


「やるな宮前、出待ちとは!」


何か思い違いしている浅川だったが、事情の説明は後回しだ。というかカノンが愛莉、クマさんがあおいと知って驚く顔が見たかった。


「ごめん、待った? 大丈夫だから中入って」


アルミのドアが開き、中から愛莉、少し遅れてあおいが顔を覗かせた。二人とも既に私服に着替え、髪型も元に戻っている。


「ん? 愛莉ちゃんがどうしてここに? あおいまでいるじゃないか。宮前、これは一体...」

「まあまあ、じゃあ入らせてもらうぞ」


混乱する浅川を連れて、俺と舞は遠慮なく中に入らせてもらうことにした。




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